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15 過去7
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「君が、蒼くんだね?」
優しく蒼を抱き上げる栄一郎。
「よろしくね」
細身で優しい笑顔の男。
蒼にとったら、初めての経験だった。
男の人に抱っこしてもらうのは。
母親のそれとは違って、しっかり抱っこしてくれる。
たかいたかいもしてもらった。
お父さん。
お父さん。
初めて知った言葉。
蒼は嬉しくて、何度も心の中で繰り返していた。
「おとうさん……」
お父さんとお兄ちゃん。
兄の陽介は、蒼よりも三つ年上。
弟の啓介は、蒼より三つ年下。
二人ともすぐに仲良しになった。
保育所でも大人しい蒼は、友達があまりいなかった。
だけど、兄弟たちは蒼と一緒に遊んでくれたのだ。
初めて出来た同年代の友達。
家族ができて。
仲間ができて。
蒼は幸せだった。
母親もそうだ。
彼女もクラブを辞めて、やっと人並みの生活が出来るかに見えていたのに。
幸せとは、儚いものである。
子ども心に植えつけられた。
幸せなんて欲しがるものではない。
幸せなときを手に入れたら、後は、落ちていくしかないのだから。
蒼にとって、幸せな家庭と言うものは夢だったのかもしれない。
―空さんの連れてきた蒼くん。お父様がどこの誰だか分からないんですって
―まあ……本当?
―そんな人が、院長夫人では先が思いやられるわ
―栄一郎さんも、どうしてそんな人を選んだのかしら……
―あの蒼って子もおちびで、なんだか痩せていて可愛くないわよね
―子どもは、愛嬌があるほうがいいわよね
市内でも有数の病院の院長である。
親戚などからの中傷は、予想出来ていたことだったが……。
蒼の母親である空と言う女性は、少し精神的に弱い女性でもあった。
蒼を一人で育て、蒼のことを考えて結婚して。
彼女にとって、世界の全てが蒼だったのに。
親戚たちの批判が、蒼にまで向けられると、空は自分を責めた。
大切な蒼を批判されるなんて。
一体どこが悪いのだろうか……?
自分の育て方が、間違っていたのだろうか。
空は日増しに、蒼に対していい子を強要するようになっていった。
ご飯をこぼすと手を叩かれた。
―そんな悪戯やめなさい!
―お母さんが困るのよ!
少しでもふざけていると、怒られて突き飛ばされた。
―いい加減にして!
―お母さんを困らせないで!
蒼を叩いたり、部屋に閉じ込めたり……。
彼女も辛かったのだろう。
行き場のない思いは、負の連鎖を引き起こす。
―もうやめてちょうだい……。
―お母さんに、こんなことまでさせないで……。
ごめんなさい。
ごめんなさい……。
お母さん。
ごめんなさい。
蒼は、必死だった。
母親に怒られないためにどうしたらいい?
母親を困らせないためにどうしたらいい?
いい子にしているから。
ぶたないで。
お母さん。
泣かないで。
お母さん。
しかし、蒼の願いは虚しく空回りするばかり。
いくら蒼がいい子にしていても、黙って座っているだけでも、彼女の仕打ちはエスカレートしていった。
そう。
蒼の存在自体が、空にとって枷になっていたのだ。
蒼を大切に思うあまり、空のしつけはしつけと呼べる域を逸脱していった。
完全なる虐待である。
蒼を他人の目に曝さないようにするため、自室に閉じ込める。
閉鎖された空間で行われる虐待。
日増しに酷くなるそれは、蒼の身体を傷つけ、心を失わせていった。
見るに見兼ねた栄一郎が止めに入っても、それは逆効果だ。
彼女は、しつけを盾に蒼を虐げた。
―陽介や啓介のことには口出しはしないわ
―蒼は私の子なの
―私の大切な子なのよ
―あなたの子ではない!
父親と母親の言い争いを、ドア越しに聞いていた。
なにも感じない。
声を出そうにも極度の脱水で掠れてしまう。
ここにいる。
ここにいます。
ドアを叩こうとしても、傷つけられたその手は包帯だらけで痛みが走る。
血がにじんで、ちぎれてしまいそうだった。
自分が悪いのだ。
自分がいい子にしていなかったから。
だから空は……。
食事もろくにもらえず、床に転がって過ごす毎日。
いつも考えていたのは、二人で暮らしていたときのこと。
あの頃は、楽しかった。
空が焼いてくれたクッキー。
一緒に絵本を読んで笑い合っていたあの日々。
戻りたくても戻れない。
きっと自分が欲張りしたから、神様がバツを与えたのだ。
空との楽しい時間だけじゃなく、お父さんや兄弟が欲しいと思ったのが間違いだった。
ちょっとした願いだったのに。
それすら、許されないことなのだろうか。
もうなにがなんだか分からない。
お願いをすることは、悪い子の証拠なんだろう。
そして、この包帯の数だけ自分は、悪い子だったんだと思った。
そんな日がどれ位続いたのだろう。
瞳を開けると、見知らぬ病院の一室に寝かされていた。
辛い日々は、唐突に終わったのだ。
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