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16 待たなくていい3
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星音堂の一日は朝礼に始まる。
朝礼係になっている職員が、一日の予定を読み上げ、シフトの確認を行うのが通例だ。
今日の当番は、氏家だった。
「今日の予定です。大ホールは、午後からパイプオルガン使用があります。第一練習室は、そのリハーサルで午前中から午後まで使用。第二練習室は、午前中に桜コーラス。午後が空き、夜は、アンサンブルトロア。第三練習室は……」
彼の読み上げに、各々のスケジュールを確認する。
全てを読み上げた後、水野谷が声を上げた。
「今日の雑務はだれだ?星野と蒼か?」
二人は水野谷を見る。
「大ホールの予定が午後から入ってるから気合入れてやってくれ」
彼の笑みは悪魔に近い。
「それでは今日も一日、笑顔を忘れずに頑張ろう」
一同は散り散りになって仕事を始める。
星野に引き連れられて、大ホールにやってきた蒼。
モップを片手に笑顔である。
「誰が笑顔でやるかっつーんだ。めんどくせー」
星野はパイプオルガンのところに続く、階段に座り込み、せっせとステージを掃除している蒼を見つめた。
本当に暇そうだ。
と言うか、そういうテンションでいられると、蒼の方までやる気がなくなってしまう。
「星野さん!ちゃんとやって下さいよ」
あっちこっちモップを掛けていたが、いい加減に呆れる。
蒼は、星野を見据えた。
「お前さ。軽くやれって言うけどさあ~。なんでおれが雑務の日に、大ホールに行事が入ってんだよ~」
「仕方ないじゃないですか。そればっかりはおれたちでは決められないんですから」
仕方ないことだろう。
別に水野谷だって意地悪をして今日にしたわけではないのだ。
偶然が重なって、こうなったまでだ。
せっかく星野が愚痴っているのに、蒼は相手にしてくれない。
なんだか面白くないなと思った。
せっせと仕事に戻っている蒼を苛めてやらないと、腹の虫が治まらない。
「おい!蒼」
「はい!」
彼はビックリして星野のほうに駆け寄ってきた。
「なんですか?星野さん」
「お前さあ」
「はい?」
「関口とどうなってる訳?」
「は!?」
蒼に意地悪するには、格好のネタなのだ。
最近は、もっぱらこれで苛めている。
案の定、蒼は顔を赤くしてまごまごしていた。
「は?じゃねーよ。ちゅ~くらいしたんだろうな?」
憂さ晴らしにはちょうどいいのだ。
星野は、職場が大好きだ。
なんと言っても、蒼と吉田がいるのだから。
二人もいじめの対象がいるってことは、星野の生活の質は上がる。
さっきまでのぼんやりした表情はどこへやら。
彼はニヤニヤして瞳が輝いていた。
「な……っ!」
蒼は、耳まで赤くなる。
「おー。真っ赤じゃねーか。蒼は、なんでも顔にでるから分かりやすいね。可愛い可愛い」
「星野さんッ!」
モップを持つ手に力が入る。
ぼんやり突っ立っているようだけど、彼の頭の中はおたおたして混乱していた。
「いいじゃないの~」
「な、なにがいいんですかっ!星野さん!!」
焦ってモップを振りまわす蒼。
星野にからかわれて訳が分からない。
「いいじゃない?なにがダメなんだ?」
「だって……おれは男だし。関口だって男だし。確かに。おれにとったら初めての友達で。大切な人なんだけど」
「いいんじゃねーの?そんなちっちゃなことは、気にしなくて」
からかうつもりだったのに。
逆にアドバイスだ。
「お互いに惹かれあってるのに、そういう小さいことでダメにしちゃうのは、もったいないと思うんだ。おれは」
「星野さん……」
「蒼は、どうなの?」
星野は、一体なにを知っているのだろう。
関口が蒼のことを好きだってことをどうして知っているのだろうか?
そして蒼も関口のことが好きだってこと……。
お互い惹かれあう?
自分たちでも、もどかしいことを、星野は一言で納めてしまう。
「なにも付き合えばいいじゃん。好き同士なんだから」
蒼は俯いた。
本当に好きでいいんだよね?
関口のこと。
友達?
それ以上?
なんだかはっきりしない気持ち。
ただ、彼がこうしていてくれるだけで、安心で嬉しいことだと言うこと。
「……」
蒼は、ますます俯いた。
関口の存在がどんどん大きくなっているのは分かっている。
優しい関口。
『蒼』
関口の声が響く。
「蒼」
星野の声に、はっとして顔を上げる。
「自分の思うままに行動するのも、たまにはいいんじゃねーか?」
いいのか?
そんなことをして。
自分の好きに?
蒼は、モップを見つめて黙り込んだ。
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