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17 嵐到来1
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ぼんやりしていた。
今朝のことを思い出すと、少しむかむかしていたのだ。
「先生」
高い声が響き、関口は顔を上げた。
「なに?」
「終わったんですけど……」
「え?」
ゆうちゃんは、呆れて関口の顔を見る。
今日は、ヴァイオリン協会の日だった。
最後の生徒であるゆうちゃんのレッスン中、関口はぼんやりしていた。
「先生、ひどい!一生懸命練習してきたのに……」
「ごめん。聞いてたよ」
「嘘ばっかり。先生がぼんやりしてるの分かるもん。間違って弾いたって、なにも言わないじゃない」
ぷいっとゆうちゃんは顔を背けた。
自分で間違ったことが分かるのだから、上出来だ。
関口は、苦笑する。
「先生。彼女と喧嘩したの?」
「へ!?」
思わずヴァイオリンを抱える手に力が入る。
「べ、別に……」
しかし、関口は否定できない。
蒼との喧嘩は日常茶飯事なのだが、たいていは蒼が一人で怒って拗ねることが多い。
しかし、今日は珍しく関口の方が少しイラついていた。
今朝、言われた言葉。
『関口のお父さん来るんだね。すごい指揮者なんだもんね。おれも聴きに行きたいな』
彼に悪気が無いのは分かっている。
むしろ気を使ってくれているってことは、明らかだった。
だけど今の関口に、そんな余裕はなかった。
きっと父親だから褒められたほうが良いと思ったに違いない。
しかし、関口にとったら父親の存在は大きすぎて、受け入れ切れないものなのだ。
そんな状況なのに。
『関口のお父さん、格好がいいよね。関口はお父さんに似てるね』
なんて、あの父親が聞いたら喜んでしまいそうな言葉を蒼が言っているのだ。
嫉妬しないわけにはいかない。
朝から喧嘩をしていたので、今日はずっとこんな調子だったが、指摘されたのは初めてでビックリしてしまっていた。
やっぱり彼女は鋭い。
感受性も豊かで勘もいい。
成長が楽しみな生徒の一人である。
彼女に誤魔化しは難しいだろう。
関口は観念してため息を吐いた。
「彼女っつーかねえ」
「でもいるんでしょう?先生は幸せそうだもの」
本当は言ってしまいたい衝動に駆られる。
蒼のこととなると、途端に無能になってしまう。
赤面して俯いてしまう自分。
子ども相手になにをしているのだろうと思う。
「あいつはおっちょこちょいで……」
「?」
急に関口が話し出すので、ゆうちゃんは目を丸くして彼を見つめる。
「お世話好きで。掃除は出来ないんだけど料理は上手で……。一緒にいたって本ばっかり読んいでるし。ぼけぼけしていて、全然人の話なんて聞いていない。早寝遅起き。外出は大嫌いで……」
そう考えてみると、いいとこはまるでない男だけど。
にっこり微笑んでいる蒼。
関口には陽だまりのような人。
「でも。可愛いんだよなあ……」
思わず一人の世界に入っていたらしい。
「あつあつだね。先生」
「はっ!」
ゆうちゃんが笑って冷やかすので、恥ずかしくなってしまった。
「先生の彼女は可愛いんだね。ゆうちゃんも会ってみたい」
「……生意気言わないの」
「先生、あの曲弾いてあげたの?」
「あ……」
自分で大好きな人に送るんだと説明しておいてすっかり忘れていた。
蒼にも聴いてもらいたいけど。
弾く機会はなかなかない。
「だめだなあ。それともゆうちゃんのほうが好きなんでしょう?先に教えてくれたもんね♪」
完全にからかわれている。
しっしと手を振ってゆうちゃんを追い立てる。
時間もちょうど終わりだし。
こんな子ども相手で手を焼いているようでは、自分もまだまだである。
「こら!ほら。今日は終わりだよ」
「ちぇ~。今度写真見せてよ」
「気が向いたらね」
ゆうちゃんはヴァイオリンを片付けて扉を開ける。
防音加工になっているので重さは半端ではない。
大人ですらすんなりは開かない。
関口も手伝って扉を開ける。
ゆうちゃんの母親はいつもそこで待っていてくれている。
今日も彼女の笑顔を想像しにこやかに顔を出すと、今日は一人ではなかった。
「!?」
「先生。ありがとうございました」
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