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20 突きつけられたもの7
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診察の終った診療室は薄暗い。
循環器科内科を専門としているここは、高齢者の患者が多い。
朝から夕方までひっきりなしにやってくる患者。
休む暇もない。
やっと落ち着く頃には、こうして陽も傾いてしまうのだ。
シャーカステンのその光だけでぼんやりしているそこで、陽介は頭を抱えていた。
新米の駆け出し医師。
プレッシャーが大きい。
同級生たちは、まだ医大に残って勉強を続けている。
自分だってそうしたいのは山々だった。
しかし、自分はこの熊谷家を継がなければならない立場なのだ。
彼にとって熊谷家という存在は、絶対のものだった。
長男として、この家族を守らなければならない。
みんなで。
この家を。
父親。
空。
啓介。
そして。
蒼。
どうして蒼はここを離れていくのか?
彼には理解できなかった。
蒼も熊谷家の一人として、ここに戻ってくるべきなのだ。
それが家族としての役割なのではないか?
どうして思い通りにならないのだ。
小さい頃から十分に自分の言うことだけを聞くように躾けてきた。
それなのに。
外に出してしまってからだ。
全てが狂ってしまったのは。
大きな波に呑み込まれて、自分の人生は狂い掛けている。
そう思っていた。
しかし、昨日の蒼の取り乱した様子を見てから、心が苦しかった。
自分のしてきたことは正しくなかったのだろうか?
蒼のため。
自分のため。
全てが上手くいくようにと、振舞ってきたつもりだったのに。
呆然として、この世の終わりみたいな顔をしていた彼を思い出すと、間違ったことをしたという思いしか残らなかった。
「依存していたのは……。おれのほうなのか?」
蒼の笑顔が浮かんだ。
あの頃は楽しかった。
だけど、昨日は一度も彼の笑顔を見ることが出来なかった。
曇った表情。
不安でいっぱい。
この家に対する嫌悪の気持ちが,ひしひしと伝わってきていた。
いつのまにか、繋いでいたはずの鎖で、自分が繋がれていたようだった。
蒼はもう、飛び立ってしまった。
自分の元から。
この熊谷から。
「蒼……」
初めて逢ったのは二十年も昔だ。
蒼は5歳。
陽介は8歳だった。
痩せていて、とても貧楚な子供だと思った。
ずっと母親がいなかったせいか、母が出来ると聞いた時、とても嬉しかった。
しかし、父は母と供に弟が出来ることを告げた。
啓介のほかに、もう一人の弟が出来る……?
蒼は、なんだか捨て猫みたいだった。
友達は黄色いくまのぬいぐるみ。
5歳にもなってぬいぐるみを抱えて遊びにきたのだ。
変な子だと思った。
男のくせに、ぬいぐるみが友達とか言っているし、言葉も少し遅れていた。
うまく話せないのか、意思疎通に苦労したことを覚えている。
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