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21 兄弟1
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定時。
星音堂の定時は17時15分。
その時間になると、決まって水野谷が声を上げた。
「よし。定時だ。日勤はお疲れ様。遅番に切り替える。他の人は帰っていいぞ」
定時で帰れるなんて、そんなにはないことだから、これはけじめ的な儀式だ。
しかし、勤務時間と時間外とでは随分気持ちの面で楽になる。
尾形は背伸びをして大きなあくびをした。
「そういったって帰れませんよ~。残業のぶんあるんですから……」
いつものやり取り。
みんなわかりきっていてもついつい水野谷に食って掛かってしまう。
しかし、彼もなれたものだ。
しれっとした顔をして軽くあしらう。
「それは自分が悪いのだろう」
彼はパソコンを閉じる。
「おれは用事があるから。今日は帰るぞ」
帰るとなると早いのが星音堂職員。
水野谷も例外ではない。
彼はさっさと身支度をすると腰を上げた。
「残業しないで帰れよ。本庁ではノー残業デイって言うものがあるんだから」
もうその話は聞き飽きた。
それだったら星音堂にも作ってください。
残業しなくていい日を……。
一同は暗い気持ちになる。
長くなりそうな話だったが、本当に急いでいるらしく、彼は腕時計と睨めっこをしながら事務室を後にする。
いくら仲良しと言えど、上司は上司。
彼がいなくなった瞬間のだらけようと言ったらない。
尾形はお菓子を取り出し、氏家と高田も帰り支度。
吉田は伸びをして机の上に突っ伏す。
星野は雑誌を出し始めた。
蒼は。
蒼もそう。
かばんから携帯を取り出す。
今日は日勤。
そろそろ桃に連絡を入れて、迎えに来てもらわないと。
女性に送り迎えをしてもらうって言うのは気が引ける。
だけど、連絡をしないで帰ったときに猛烈に怒られたのだ。
素直に従っておいたほうがいいのだろう。
桃へのメールを打っていると、星野の声が聞こえる。
「だから、蒼は仕事中なんですってば」
遅番の星野。
ついさっきまで隣にいたのに。
いつの間に出入り口にいるのだろう?
トイレにでも行くところだったのだろう。
彼は、なにやら誰かと押し問答しているようだった。
しかし、どうして自分の名前で出てくるのか疑問だ。
首を傾げて様子を伺う。
「少しだけでいいんですよ」
相手の男の声に聞き覚えがある。
蒼は慌てて席を立ち、入り口に駆け寄った。
そこには啓介が立っていた。
「啓介」
「蒼」
「……蒼」
星野は困った顔をして蒼を見ていた。
「どうしたの?啓介」
「蒼。どうしても話がしたくて。アパートは留守だったから、まだ職場にいるんじゃないかと思って」
彼は真剣な表情をしていた。
蒼は頷く。
「うん。いいよ」
荷物を持ちに戻ろうとしている蒼を星野が引きとめた。
「蒼!もう帰るのか?お前、残業があるって言っていたじゃないか?」
彼はなんだか落ち着かない様子だ。
どうしてだろう?
彼に啓介との面会を止められる覚えはない。
「今日はもう帰れるんですけど」
「ぐ……!それをいうなよ……」
彼は肩を落とす。
人がせっかく気を使ってやってるのに。
彼も密かに蒼のことを託されていたのだ。
関口に。
『蒼を兄弟には逢わせないよう、うまく頼みます』
可愛い関口の頼みとあっては、無碍にも出来ない。
それにお土産で取引をしていたから、こちらが約束を破るわけにもいかないのだ。
それなのに。
星野の苦労なんてそっちのけ。
蒼はさっさと荷物を抱えて啓介と出て行く。
全てが水の泡だ。
「蒼のばか」
大きくため息を吐く。
知らないぞ、おれは。
ちゃんとやることはやったんだからな。
そう呟いてから彼は自分の席に戻った。
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