アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
23 すれ違い5
-
「すみません。先生。なんだか、あまり先生の好みの酒が無かったものですから。日本のですが。申し訳ありません」
関口はその他大勢のチョコレートと吟醸酒をセットで柴田に渡した。
もちろん、蒼の入れ知恵である。
「……おまえの考えじゃないだろう」
柴田は苦笑する。
「なんで分かったんですか?」
「お前との付き合いは長い。こんな気の利いたことするはずがないだろう?お前が」
柴田は笑顔でお土産を受け取る。
「いらんと言いたいところだが……。ここで返したら蒼ががっかりしてしまうだろう」
ばれている……。
市民オケの練習前、柴田はこうして早めに来て喫煙所で構想を練りながらタバコを吸っている。
関口は慌ててお土産を持ってきたのだが……。
全部ばれていた。
「すみません。先生。あの。おれ……」
「なに。嬉しいよ。海外の食べ物は好かない。この吟醸のほうが嬉しいよ。おれ好きなんだ。高くて、なかなか買ってもらえないからさ」
関口は隣に座る。
柴田は酒豪だ。
高価な酒ではとても間に合わないのだ。
柴田の妻も頭が痛いところなのだろう。
彼女の顔を思い出して、思わず笑ってしまった。
「蒼がこれにしろって言うものですから……」
「彼はツウだねえ」
「本当に日本酒が好きらしいです。この前は病み上がりでご一緒できませんでしたが。ぜひ、先生と一緒に飲みたいと言っていました」
柴田の煙は天井に上がって拡散されていく。
ここでもすでに禁煙の波が押し寄せている。
秋からは全館禁煙と言う知らせも出ているくらいだ。
この喫煙場所も、もうすぐ姿を消してしまう。
関口はここが好きだ。
昔から。
星野たちが喫煙をしながら談笑をしている場に混ざるのが好きだった。
柴田が構想を練っている姿も好きだ。
なくなってしまうのは寂しい気がした。
「そういえば、おれは飲んだときの事って覚えていないことが多いんだけど……」
「はい?」
「蒼とはうまく行っているようだね」
「はッ!?」
ビックリして椅子から滑り落ちそうになった。
あの時。
コンクールの夜。
柴田と飲んで、自分は蒼とのことをしゃべっていたことは覚えている。
だけど、どのくらいまで話たのかよく覚えていない。
これはまずいことになったと思った。
「せ、先生?おれ、そんなこと言いましたっけ?」
「言った……よな?うん。言った」
まず蒼を連れて行った時点で、関口の好きな人は「蒼」ってことは明らかになってしまったけど。
なんか自分は変なことを口走ってはいなかっただろうか。
どきどきしてしまった。
なにを話してきたのだろうか?
「まあ。いいじゃないか。おれは似合ってると思う」
「先生……」
「うん」
柴田は煙草を消して立ちあがった。
「さあ。時間だ」
おろおろしている関口を連れ立って二人は喫煙所からいつも練習をしている第一練習室へと向かう。
途中、ガラス張りの事務室の前を通った。
中を覗くと、事務所の奥のほうで蒼がパソコンに向かって仕事をしていた。
「……」
ちらっと見るが、一生懸命の蒼は全く気づく様子もない。
「気になる?」
「え!?いや。平気です」
苦笑した柴田。
関口はもう一度蒼の横顔を見てから、練習室へと続く廊下を歩いていった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
161 / 869