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23 すれ違い24
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練習が終了して、関口は急いでヴァイオリンを片付ける。
本当だったら市民も休みたいくらいの話だったけど、コンマスと言う大役を自分の都合で放棄することなんて出来ない。
早く蒼に……。
慌てていると、後ろから声が掛かった。
「関口」
振り向くと、そこには柴田がいた。
「先生」
「寒くなった。蒼を連れて鍋をしに来いと言われたものだからね」
「すみません」
「いつ来る?」
柴田は嬉しそうだ。
蒼と酒を飲みたいといっていたし。
楽しみなのだろう。
「先生。実は蒼と喧嘩してまして」
「そうだったんだ……。じゃあ仲直りしてからか?」
仲直りなんて出来るのだろうか?
不安だ。
そんな彼の心情を読み取ったのか。
柴田は優しく笑い、関口の肩を叩く。
「鍋はいつでもいい。ちゃんと蒼と向かい合って解決しなさい」
「先生」
「週末だったらいつでもいいから。昼までくらいに連絡してくれれば当日でも大丈夫だ。ちゃんと仲直りしておいで」
「はい」
関口は頷いてヴァイオリンを抱える。
「失礼します」
「おう」
柴田は関口の背中を見送った。
「大丈夫かな……?」
帰り際に安岐の視線を感じた。
なにか言いたそうだった。
しかし、もうそれどころではない。
関口は蒼のことで頭がいっぱいだった。
急いで車に乗ってアパートに帰る。
駐車場から見える部屋は電気が灯っていた。
帰ってきているようだ。
「蒼!」
蒼はベッドの上でうたた寝をしていた。
なんだかさっきまでの自分を思い出す。
自分がうたた寝をしていたのはつい数時間前のこと。
「蒼……」
楽器を床に置いて、そっと蒼の頬に手を当てる。
「関口……?」
彼は目の下にクマが出来ているし、泣いているのか漆黒の瞳は真っ赤になっていた。
「ごめん!蒼」
ともかく、関口は蒼に謝る。
「関口……」
「ごめん。本当にごめん」
身体を起こし、ベッドの上に座っている蒼の膝に自分の額を押し当て、頭を下げる。
関口が出来ることはこれしかない。
理由なんて話ても言い訳にしか聞こえないだろうし。
今は誠意を見せたい。
それが関口の気持ちを表現する唯一の行動だった。
「関口……」
蒼は関口の肩に優しくてを添える。
「蒼……」
「いいんだよ。関口にも理由があったんでしょう?おれはいいんだよ」
「蒼」
関口はそっと顔を上げる。
蒼は辛そうな顔をしていた
目にはいっぱいの涙が。
「よくなんかないじゃないか」
「でも。そう言うしか……。おれにはできないじゃない」
「蒼……」
関口はぎゅっと蒼を抱きしめた。
「辛い思いさせてしまったね」
「うん……」
ぎゅと蒼も関口の背中に手を回す。
久しぶりの関口。
久しぶりの蒼。
お互いの温もりを確かめる。
「蒼。数日前にね、中学校の頃の彼女に逢ってしまったんだ。おとといはつい懐かしくて食事に行っちゃったんだよ」
蒼は関口の腕の中で黙っている。
友達って。
昔の彼女。
少し胸が痛い。
「おれはそれっきりで終わりだと思ってた。だけど、そのことで彼女は今の彼氏と喧嘩になってて。あんまり泣いているもんだから、放っておけなくてさ。つい様子を見にいったら、そのまま朝まで泣きつかれちゃって」
すまないと関口は呟く。
関口の胸に顔を埋めながら瞳を閉じる。
「関口」
「ん?」
「もう、他の人には優しくしないで……」
嗚咽にも似た蒼の声は、彼の本音なのだろう。
蒼はいままでに自分の気持ちをこんなにはっきり言った事があっただろうか……?
それだけ彼にとっても自分は大切にされているのだと感じると供に、蒼がどんなに辛い気持ちを味わっていたのかが伺える。
「お願い。関口」
「蒼」
「お願い」
「うん。分かった。蒼以外の人間には優しくなんてしない」
もうしない。
だれにも優しくなんて。
蒼以外の人間を考えることはやめる。
自分は蒼のためだけにここにある。
「もうこんな目には遭わせないからね」
「……」
抱いている腕に力を入れ、固く抱き閉める。
蒼の身体が震えていた。
彼がどんな顔をしているのかは分からない。
だけど、背中に回されている蒼の手の温もりだけで十分だ。
関口は瞳を閉じ、蒼の存在を確かめていた。
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