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28 新星現る7
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弦の重厚な音が響きあっていた。
たくさんの音が混ざり合っているのだ。
薄暗いホール。
ステージだけが煌々と輝き、暑いくらいの照明で照らされていた。
団員たちはそれぞれ音を鳴らし、思い思いに楽器の調整を行っている。
「今日、大丈夫なんだろうか……」
「そうだよなあ。ショルは初めてなんだろう?」
弓の調子を整えつつ、中年の男はため息を吐く。
その隣の男も心配そうな顔をしていた。
「関口先生がサポートに来ているらしいよ」
「でも、本番はショルなんだぞ?平気かよ……」
一同は不安げ。
そこにヴァイオリンを持った一人の男が入ってきた。
「ああ。宮内」
中年の集団に声をかけられて、長身の男は大きく振り返った。
「はい?」
「お前さあ、この前の明星海外ツアーでショルの指揮でやってきたんだって?」
「ショル?ええ」
宮内は自分の席に座る。
「リハだけでしたけど……」
「どうだった?」
「佐和田さんも加賀さんも好奇心旺盛ですねえ……」
興味津々のおじさん二人を愉快そうに見つめる。
「好奇心旺盛じゃなくってどうするっ!これから大変なことになるかもしれないんだぞ」
「そうだそうだ」
本人たちは至って真剣なんだろう。
茶化しては失礼か。
苦笑して宮内はホールの一番遠い席を見詰める。
あの時のことを思い出すように。
「ハードでしたよ。あの時は翌日公演だったんですが、本番での力以上に出し切りましたよ。リハだけで」
二人はがっくりうなだれた。
「お~い!勘弁してくれ~!今日は、当日公演なんだからな~」
「自分は若いからって~!」
文句を言っている佐和田と加賀。
「そうですよねえ……。でもおれと同じくらいなのに、すごい奴なんですよね」
遠い目で話す宮内。
なんだかしょんぼりして見えた。
やっぱりショックなんだろう。
同じ年代で飛び立っていく人を見ると。
「おいおい、宮内!気弱だねえ~。お前だってこれからだろうが!どんどん飛び出して、おれたちをぎゃふんと言わせてみろよ!」
「ぎゃふんとって……」
思わず苦笑してしまう。
二人が宮内をなぐさめてくれていることは明白だ。
ここは黙って好意を受け取っておこう。
そこに楽団マネージャーがへこへこしながらやってきた。
彼の後ろには関口圭一郎が立っている。
さすが世界的に有名な指揮者だ。
ステージに立つだけで、その存在感にみんなは黙ってしまう。
音を出すことも忘れ、いつのまにかぼんやりと彼を注視した。
「みなさん。本日、指揮をお願いしておりますマエストロ・ショルティのサポートとして関口先生においでいただいております」
「こんにちは」
コンサートマスターである加賀は急いで席を立つ。
「先生、お久しぶりです」
「加賀さん。こんにちは」
加賀は笑顔。
二人は握手をする。
「このたびは、我が団に白羽の矢を立てていただき光栄に思っております」
心にも無いことを……と宮内は内心笑ってしまう。
「いや。この演奏会は世界からも注目されているものです。加賀さんたちなら大丈夫だと信じています」
「え!?」
そんなに大事だとは思わなかったらしい。
加賀は目を丸くする。
「ガブリエルが手塩に掛けて育ててきた愛弟子です。今日はヨーロッパからの評論家たちも来ているので、頑張ってくださいね。まだまだショルは世間知らずだ。音楽の世界の先輩としてなんとか育ててやってくださいね」
圭一郎の言葉に団員たちも頷く。
世界的に認められている圭一郎に、ここまで言われてしまっては……。
心を決めないわけには行かない。
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