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28 新星現る9
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「は~!やっぱつらい!」
加賀は練習後、大きく伸びる。
「おれもだ!本番は弾けない!」
佐和田もがっくりしている。
リハーサルが終了し、本番は夜である。
時間は三時間程度余裕があるが、それまでに、今の疲労を回復する自信がない。
宮内もうなだれて、ヴァイオリンを椅子に置く。
「どこ行くの?」
宮内は、この楽団の中ではコンマスの後ろに座らせてもらっている。
すぐに加賀が顔を上げた。
彼は太っている中年男性だ。
そのままでは首が回らないらしく、身体ごと宮内の方を向いた。
「休憩ですよね?」
「長時間、暑いところに楽器をおくなよ」
「それは分かっています。ちょっと電話してきます。すぐ戻ってきますから」
「おいおい。彼女かよ~」
佐和田が茶化す。
宮内が圭一郎と親しくしていたことをひがんでいるのだろう。
意地悪してやろうと言う魂胆らしかった。
しかし、宮内はさらっと言いのける。
「そうなんです」
「お前なぁ……」
当てが外れたとでも言うところか?
佐和田は、つまらなそうな顔をしている。
若者はこれだと文句を言われつつも、宮内は携帯を握り締めた。
こういうおじさん連中は構っていられない。
少しでも早く、電話をしたかったのだ。
さっさとステージを降りて、ロビーに出る。
歩きながらも携帯の画面を見つめる。
着信やメールのお知らせはない。
「桃のやつ。今日は連絡くれるって言っていたのに……」
関口の取り計らい(?)で、付き合うことになった宮内と桃。
やっと女運が巡ってきたので彼は幸せでいっぱいだ。
遠距離もなんのその。
毎日、交換で携帯での連絡を取り、暇があれば、どちらかの家に遊びに行くと言う生活を繰り返していた。
元々、二人とも不規則な生活パターンである。
自由は利くのだ。
ロビーのソファに座り込み、携帯を操作する。
電話をするべきか?
まずはメールか?
迷っていると、ステージに続く非常口から、人の話し声が聞こえてきた。
はっとしてしまう。
聞き耳を立ててみると、この声はショルティのもの。
少し高いテノール。
「ショルか?」
別に休憩時間なのだから、慌てることはないはずなのに。
思わずソファに深く座りなおし、身体を沈める。
背もたれの高いものだったから、こうしてじっとしていればそこに宮内がいると言うことは分からないだろう。
声は段々近づいてい来る。
彼は圭一郎といるのだろう。
楽しげに笑い声も聞こえた。
いい身分だ。
こっちはリハだけで疲れてしまっていると言うのに。
大きくため息を吐いた瞬間。
思わず、桃の番号が表示されているのに通話を押してしまった。
「わわ」
ここで話していて、不審に思われないだろうか?
圭一郎に見付かると、またなにか言われるかも知れない。
めんどくさいと思った。
焦って通話を切ろうとしつつ、様子を伺う。
角を曲がって姿を見せたのは長身で金髪の男。
やっぱりショルティだった。
彼は格好も良い。
容姿も才能までも手に入れている男。
神様は不公平だ。
彼は笑顔で、お腹の辺りを手でぽんぽんとしている。
『お腹がすいた!なにを食べよう?』
彼が話しかけているのは圭一郎ではなかった。
彼の姿はない。
ショルティの隣にいるのは着物の女?
え?
男?
いや。
あれは振袖。
女性だろう。
『よく食べられるね。本番前なのに……。ショルは緊張ってしないの?』
『緊張?でも、お腹が空いていては、力が入らないでしょう?そんなことではいい音楽は作れないよ』
『食いしん坊だね。ショル』
振袖の人物は朗らかに笑う。
『だって、お腹空かないの?蒼は?』
あお?
あおって。
あの蒼?
流暢に英語を使い会話を進めている振袖姿の男を見て宮内はビックリした。
手から携帯が落ちる。
「え……」
深い青色の着物に、銀の帯があでやかだ。
思わず、自分の目を疑ってしまう。
何度も目を擦ってみたが見間違いではない。
「蒼……だよなあ……?」
さっき、圭一郎が話題にした蒼。
関口の蒼。
なのに、どうしてこんなところに?
『夕飯を食べよう!』
『ねえ、ショル。おれはいつ帰れるの?』
蒼を連れ立っていたショルは、あっと立ち止まった。
『ごめんね。本番は聴いてくれるんでしょう?』
『え!?……うん。それは聴くよ。楽しみにしてる』
『よかった。蒼に聴いてもらえると思うと、頑張れる』
にっこり笑っているショルは、蒼の手をそっと握る。
蒼は困った顔をして、ショルティを見上げていた。
『分かった。じゃあ本番前にご飯を食べよう』
蒼の申し出にショルティは、満面の笑みを浮かべる。
『やった!美味しいのを食べよう♪』
再び歩き出す二人を見送って宮内はぽかんとしていた。
「ど、どうなってんだ……?」
ソファに座ったまま考え込んでしまう。
どういうことなのだろうか?
どうして彼が?
『おい!宮内!?聞いてるの!』
床に落ちた携帯からは、桃の声が響いているが、宮内には届いていない。
彼はその場で固まってしまった。
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