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31 始動4
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「お帰り~!」
帰宅すると、蒼はベッドの上で本を読んでいた。
彼が本を読むなんて、久しぶりのことだ。
彼は本が大好きで、読むとなったら集中して読むから、中途半端には読んだりしない。
心配ごとが続いていたから、珍しい光景に思わず微笑してしまう。
「なに?関口?」
活字を追う視線を外して、関口に向ける。
「いや」
「変なの。柴田先生に何ご馳走になってきたの?」
「食いしん坊」
「は!?」
関口の言葉に蒼は、心外だとばかりに身体を起こす。
「何でさ?」
「だって、何食べてきたっていいだろ~。あ!蒼も食べたかったんでしょう?」
意地悪関口。
「ち、違うよ!」
「じゃあ、なんで?」
「え!だって……」
関口のことは知っていたいもの……。
そう言い掛けて、蒼は黙る。
「何?蒼?」
「う、ううん!なんでもない!」
「ふうん」
「なんだよ~!意地悪!関口!」
「おれは意地悪だもの」
「ぐ!」
「風呂に入ろうっと!」
「関口のばか~!!」
鼻歌を歌いながらバスに向かう関口。
本を閉じて、蒼は天井を見つめる。
「関口……」
また、言えなかった。
そう思う。
今日こそ、コンクールについてもう一回話そうと思っていたのに……。
コンクールって、大丈夫なのだろうか?
星音堂で開催されたコンクールだって大変だったのに。
海外のコンクール、しかも、世界的に有名になってしまったショルティとの勝負だなんて……。
関口の才能を疑っているのではない。
蒼だって、彼の演奏は知っている。
でも。
その元凶が自分であるから心配なのだ。
関口に悪いことをしてしまった。
最近は、迷惑かけっぱなしで自分が情けない。
関口のためにって思ってやったことも、彼には余計なお世話になってしまうし。
「おれって、ばかだよなあ……」
読みかけていた本をお腹の辺りに伏せて置いて、自分は枕に頭を付ける。
関口と会ってもう半年だ。
あっという間の半年。
最初は、こんな風になるなんて思ってもみなかった。
ずっとこのままなんて無理なのだろうな、と蒼は思った。
関口は世界に通用する音楽家になっていくのだろうし。
自分はこの田舎の星音堂の職員。
平凡な。
「蒼!」
うとうとしていたのか、関口の声にびっくりする。
「また!風邪引くだろう。布団に入って寝ないと」
「そっか……」
寒い土地だし、冬がやってくるのは早い。
秋も深まってきた今日この頃だ。
「はあ……」
「寒くなってきたなあ」
「そうだね……」
「蒼?」
半分力のない返事に視線を送ると、本を置いて布団にもぐりこんだ蒼はもう夢の中だ。
「蒼……」
寝息を立てる蒼。
関口は苦笑する。
蒼は本当に時々、子供みたいに感じる。
蒼とはどれくらい一緒にいられるのだろう。
関口も彼と同じことを考えていた。
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