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33 ちゅんちゅんちゅん6
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仕事を終えてアパートに帰ると、珍しく関口がいた。
「あれ?どうしたの?」
目を真ん丸くして彼を見ると、不機嫌そうな顔をした。
「いちゃ悪いの?」
蒼は慌てて首を横に振る。
「そんなんじゃないって。でも、今日はどうしたの?」
苦笑して関口を見る。
彼は楽譜を眺めていた。
「今日は急遽、店が定休なんだってさ。だから、おれも休み」
着替えながら関口の話を聞く。
なんだかこんなの久しぶりな気がした。
「そうだったんだね」
「そうだったんだって」
一生懸命関口を見る。
だって久しぶりなのだもの。
蒼は物持ちがいいのか。
高校のときの田舎ジャージになって関口に視線を向けるが彼と視線が合うことはない。
彼の横顔。
メガネの下の瞳は真剣だ。
しかし、その瞳が蒼を見ることはない。
なんだか寂しい気がした。
関口は、久しぶりに自分と話せて嬉しいなんてことはないのだろうなと思う。
ショルとの約束から、彼はコンクールのことで頭が一杯だ。
それは当たり前のことなのだろうけど。
もう少し、自分のことを気にかけてくれてもいいのじゃないかと思う。
時間があれば楽譜とにらめっこ。
その他は外出してヴァイオリンの練習だ。
ぼちぼち四重奏の練習も始まったから、アパートにいることはほとんどない。
寝に帰ってきているようなものだ。
「関口」
思わず彼の名前を呟く。
しかし。
彼には届いていないのだろう。
楽譜に集中しているから。
蒼には声を掛けることすらはばかられた。
「……」
彼と話すのはあきらめよう。
しばらくぼんやりと関口を見ていたが、蒼は大きくため息を吐いてから浴室に向かう。
「蒼?」
そんな蒼の様子に気がついたのか。
関口は彼の後姿に向かって声を掛けた。
「どうした?仕事でなんかあった?」
彼の元気のないことを、仕事のせいだと思っているのだろう。
蒼は、ますますがっかりした。
「なんでもない」
「そっか。無理するなよ」
「……うん」
蒼の返事に満足したのか、関口は再び楽譜に視線を落とした。
確かに。
コンクールのことは自分にも責任があるから。
かまってくれないからって文句は言えない。
だけど。
もうちょっと見てくれてもいいじゃない。
気に掛けてくれてもいいじゃない。
蒼はシャワーにうたれながら、ますます落ち込む。
関口は音楽家だもん。
仕方ないのだろうか。
圭一郎の場合は、かおりも音楽家だからこんな想いをお互い感じることはないのかな?
自分が音楽をやっているわけではないから感じる寂しさなのだろうか?
音楽家の恋人ってみんなこんなに寂しい思いをするのだろうか?
いろいろな思いが頭を駆け巡る。
今日の黒田とのことなんかも、もう忘れてしまっていた。
すれ違っているのは、自分なんじゃないかと思ったらおかしくなってきた。
自分をあざ笑いたくなる。
「おれって本当にバカだな」
呆れた。
どうしようもない思いに苛立ちがこみ上げた。
どうしちゃったんだろう?
関口。
関口。
関口。
彼がこんなにも大切だなんて。
彼に振り向いてもらえないことがこんなに苦痛だなんて。
今までに感じていたのだろうか?
気付かなかっただけなのだろうか?
人を好きになるなんて初めてのこと。
誰かを大切に思うことって、本当に苦しいことなのだなと感じた。
「蒼」
いろいろな思いにめまいを感じていると、ふと関口の声がしてビックリした。
曇りガラスの向こうに彼の影が見えた。
「な、なに?」
彼のことを考えていたから余計にビックリしたのだ。
ここのところ、夜は一人だったから誰かいるってことに馴染めないのかもしれない。
「いや。あんまり遅いから。大丈夫か?」
「う、うん!大丈夫だって!」
思わず声が上ずる。
しかし、そんな少しのトーンはシャワーの音にかき消される。
関口は蒼の返答に安心したのか。
「そっか。おれさ。今晩はもう寝るよ。明日も練習だから。先寝ているからね」
「……うん」
「おやすみ」
「……おやすみ」
関口の影は消える。
おやすみか。
もっと話たいことたくさんあったのに。
お店でのこととか。
自分のこととか。
そんな些細なことでも、今の状況ではわがままにしかならないのだろうな。
関口は大変なのだから。
自分が我慢しなくちゃ。
関口が可哀想だもの。
そう自分に言い聞かせる。
でも。
なんでなんだろう。
熱いシャワーに紛れて涙がこぼれた。
こんなちょっとしたことなのに。
蒼には辛い。
思わずしゃがみこんで声を潜める。
泣いているなんて関口に知られたら心配を掛けてしまうから。
口元を押さえて声をこらえる。
なんだか余計に悲しくなった。
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