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「お世話様でした~」
練習を終了した利用者たちが、続々と事務室に鍵を返しに来る。
もう21時か。
蒼は、眠い目をこすりながら対応をしていた。
今日は、蒼がお留守番。
みんなの練習も終わる頃だろう。
文化祭のために職員たちは毎日、練習を重ねていた。
しかし、ここの星音堂の営業は夜の21時までである。
誰か一人が留守番になって、電話対応などをすることになっていたのだった。
練習はきつい。
それが毎日となるとなおさらのことだった。
しかし、なんだかんだ言いながらも、プロの指導を受けているせいか、みんな上手になってきている。
明日には最後の曲が仕上がるらしく、作曲家の神月がじきじきに持ってきてくれると水野谷が話していたことを思い出す。
作曲家がじきじきに来るというのだ。
曲の完成も感慨深いものだが、どういうコンセプトなのか話を聞いてみたいものだ、と蒼は思った。
文化祭のことに思いを巡らせながら、預かった鍵を日誌と照らし合わせていると、最後の市民合唱の人が入ってきた。
「お疲れ様です」
あれ?
「どうもお世話になりました」
鍵を返却にきたのは女性だった。
いつもだったら黒田なのに。
どうしたのだろう。
まさか。
とうとう彼まで退団になってしまったのではないだろうな?
蒼は一瞬不安になる。
あの事件以来、市民合唱の練習している部屋の前を通っても大して歌声が聞こえない。
以前は熱心な合唱が響いていたのに。
大丈夫だろうか?
彼までやめてしまったら。
ミュージカルだって大変なことになる。
本番までは1ヶ月を切ったし。
これから合唱団を頼むといっても大変だ。
彼らだって、曲の音取りから始めなくちゃならないのだろうし。
「どうするんだろう……」
女性の持ってきた鍵を見つめて蒼は考え込む。
しかし、事務メンバーたちが練習から帰ってきたので思考は中断した。
「お疲れ!」
「蒼、今日は帰るぞ!」
最初は慣れなくて疲れる練習だったけど。
今では、みんなもそれなりに楽しんでいるらしい。
練習が始まると、オペラ歌手気分だ。
「お疲れ様です!」
吉田は、蒼がもたもたしているので声をかける。
「どうしたの?蒼?」
「いえ。……なんでも」
みんなは、市民合唱のごたごたを知らないのだ。
蒼は鍵をキーボックスに入れて事務所の電気を消した。
外に出ると、関口が立っていた。
今日は桜のところが休みだと言っていたのを思い出す。
「蒼」
「関口!」
みんなは帰ってしまったので、暗い玄関には二人しかいない。
「お疲れ」
「そういう関口こそ。今日はお休みだったもんの」
「休みって言ったって。ヴァイオリンをやめるわけにはいかないからな」
そういえば。
市民オケの定期演奏会でもソロをやるって言っていたことを思い出す。
「大変だね」
「まあねえ。でも好きなことしてられるから幸せなのだろうな。おれ」
「そっか」
そうだった。
彼にとったらヴァイオリンを弾ける時間は至福の時なのだから。
余計な詮索をしてしまったようだ。
蒼は苦笑する。
「せっかくだしさ。今日はどこかでご飯食べない?」
「そうだね」
関口に連れられて歩き出すと、後ろから呼び止められた。
「蒼ちゃん!」
「へ?」
関口もびっくりして振り返る。
星音堂の街灯は消えてしまっているので暗いが。
声の調子からすると黒田だと思う。
さっき彼がいなかったから心配だったけど。
黒田の姿を見てほっとした反面、どうして練習にいなかったのか疑問が過った。
「黒田さん」
「ごめん。呼び止めちゃって。でも、君には心配かけっぱなしだったから」
彼の後ろの道路にはウィンカーが着いている車が止まっている。
わざわざ蒼のことを見つけたから、止まった様子だった。
「あ、こんばんは」
彼は関口を見て挨拶する。
関口にとったら知らない人だ。
ちょっと戸惑ってから挨拶を返す。
「こんばんは」
「えっと。今日さ、横川先生と話し合ってきた。団員たちにもね、後押ししてもらったから、なんとか交渉成立だよ」
「え!本当ですか?」
「うん。おれたちも突っぱねているだけじゃ歩み寄れないからね。ポピュラーステージを取り入れることにしたんだ。大曲のほうは、もう少し団員を増やすよう条件を出されちゃったけどね。なんとかやってもいいってことになったよ」
「よかったですね!これで練習再開ですね」
蒼も嬉しい。
あの気難しい横川の顔を思い出した。
彼も妥協したのだろう。
かなり。
やっぱり人間は話し合うことが大切なのだ。
蒼はそう確信した。
「すまない。君にも迷惑かけたね。これからはミュージカルの練習に力を入れて間に合うようにするからね!よろしく!」
「こちらこそ」
じゃっと片手をあげて彼は車に戻っていった。
その様子を見送っていた蒼も大きくため息を吐く。
「よかった~」
「なにがいいの?」
「へ?」
そこで関口がいたことを思い出す。
忘れていた!
彼はむっとしている。
「あれ、誰?」
そうだった。
あの事件のとき、彼には伝えようと思ったけど、こちらもごたごたしていたので、結局、市民合唱のことは話してなかったのだ。
「あっと。あの人はね」
「蒼!」
「え?」
「ご飯でも食べながら、ゆっくり話してもらおうかねえ」
暗いのに、関口の瞳が光ったような気がする。
怒っているようだ。
困った。
話せば分かるかな?
さっきは話せば大丈夫だなんて思ったけど。
なんだか不安になってきてしまった。
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