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43.年越し温泉旅行8
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大浴場は長い木の階段を下りたところにあった。
崖っぷちに立っているこの旅館。
母屋に居室があって、崖を降りた川沿いの下のほうに大浴場があるのだ。
寒い中、せっせと降りていく。
関口に悪いことをしてしまった。
二人で楽しむために来たのに。
自分ったらテレビばっかりだった。
ちゃんと謝らないと。
焦る気持ちでやってきた大浴場は静かだった。
大晦日で、みんなも自室でテレビなんかを見ているのかもしれないし、宴会で盛り上がっているのかも知れなかった。
こそっと覗いてみると、関口の後姿が見えた。
一人で滝を見ながら入っているみたいだった。
ほっとした。
なんなのだろう?
関口の姿を見るだけでほっとする自分。
首を傾げる。
一人でもたもた考え込んでいると、気配を察知したのか。
関口がふと振り向いた。
「蒼?」
「う、うん。あの。入ってもいい?」
「どうぞ」
「やった」
おたおたしながらも浴衣を脱いで浴槽に入る。
中は湯気でほんわか暖かくなっていた。
冬だってこと忘れそうだ。
「すごいね。滝」
目の前には崖の上から豪快に流れ落ちてくる滝が見える。
真っ暗な中にライトアップされているそれは不思議な感覚を与えていた。
「うん」
関口はのんびりしている。
本当に怒っていたのだろうか?
「関口、さっきはごめんね」
蒼は隣に並んで湯に浸かる。
「なに?」
「だって。おれ、紅白ばっかだったね」
もじもじしている蒼に関口は苦笑する。
「いいって。それは」
「え?」
「ううん。お前がそんなに紅白好きだったとは思わなかった」
「だって……。おれの大晦日って言ったらそんなんばっかりだったからさ。ここ何年も」
「……」
しゅんとしている蒼の横顔を見ると、笑ってしまう。
蒼は本当に今まで一人ぼっちだったのだろう。
お正月って言っても実家にも帰らないで。
あのアパートで一人の年越しをしていたに違いない。
「いいって。おれも理解してやれてなかったし。それよりもおれの思っていることがなかなか蒼に伝わらなかったことがショックだった」
「え?そ、そうだよね。ごめん。おれ、人の気持ちとかって苦手で」
それも頷ける。
変に気を使うところはあるけど、鈍感なときも多い。
家族関係からもそういう能力は培われてこなかったのかも知れない。
「いいって。おれのテレパシーが足りなかったんだと思う」
「へ?テレパシー??」
蒼は爆笑だ。
「関口、おれに思いを送っていたの?」
「もちろん」
「ぐふ~!」
吹き出すことはないだろうと関口は蒼をにらむ。
「ひどい。蒼って」
「ごめん」
「蒼も送ってみな。おれが一発で当ててやるから」
「本当?」
じゃあと蒼は手ぬぐいを頭に乗せて目をぎゅっと瞑る。
なにやら念じているらしい。
なにもそんなに力入れなくてもいいのに……と思いつつ関口は考える。
もう答えはわかっているけど。
わざと分からないふりをした。
「なんだろうな~」
「分からない?」
「難しいな」
「なんで~!?おれ一生懸命念じたのに」
「蒼の思いが足りないのかなあ?おれ、そういうことにかけては天才的なのに」
「そんな……じゃあ、もう一回ね!」
蒼は真剣だ。
こういうところは子どもなのだから。
本気になる必要もないことなのだろうけど。
「う~ん」
必死に念じている蒼を見て、あんまりからかうのもかわいそうだと思う。
「わかった!」
関口はわざとらしく手を打ち鳴らした。
「なに?なにが分かったの??」
「蒼は。今ここで滝を見ながら日本酒を飲みたいと思ったでしょう?」
関口の言葉にビックリしたように瞳を瞬かせる。
「な、なんで分かったの??すごい!すごいよ~!関口」
嬉しくなって関口に抱きつく。
単純明快なことだ。
日本酒好きの蒼。
ここで欠くことのできないアイテムだもの。
「じゃあ、蒼のために……」
関口はじゃじゃ~ん!と持参してきた一升瓶とコップを取り出した。
「蒼が追いかけてくるんじゃないかなって思っていた。来たら一緒に飲もうと思ってさ」
「関口って本当におれのことなんでも知っているんだね。すごいね」
「蒼の行動パターンを知れば、それくらい予測がつくさ」
「なんだか悔しい」
「仕返ししたいんだったら、おれの行動パターンを見抜くことだね」
「き~、悔しい!」
ぶうぶう口を尖らせる蒼にコップを渡す。
「さて。乾杯しよう」
「う、うん!」
蒼はコップを見て関口を見る。
「年越ししたらあっという間にコンクールだけど。おれは関口が絶対に優勝して帰ってくるって信じている」
「蒼……」
「絶対に大丈夫。だから、頑張ってね。もう少し」
「ありがとう」
「じゃあ、前祝だね。関口の優勝に!」
「おい!プレッシャーかけるなよ!」
「大丈夫だよ!おれもいるもん!二人で乗り切ろう!」
蒼の言葉は本当だ。
一人では無理。
でも蒼となら乗り切れる。
にっこり笑っている蒼を見るとつられて笑ってしまった。
「よし。前祝だな」
「うん」
「乾杯」
「かんぱ~い!」
カツンと澄んだ音が浴室に響くが、あっという間に滝の音にかき消される。
二人の温泉旅行はやっと落ち着きを見せた。
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