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44.旅立ち7
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「星野さんに会えなかったのが残念だな。それに、みんなにも会っておきたかった」
ハンドルを握りながら、関口はがっかりしたみたいにため息を吐く。
「そうだね。でも、これでお別れじゃないじゃないし。なに言ってんの」
蒼は不安になる。
そういうことは言わないでもらいたい。
関口ともう会えなくなるなんて。
ありえないもの。
「そうだった」
関口は豪快に笑う。
だけど、心は晴れないままだ。
関口の横顔を見つめて辛い気持ちになる。
どうしてずっと一緒にいられないんだろう?
いつもよりも静かな車内。
沈黙が重く感じられた。
雪のおかげで、いつもよりも時間が掛かったが、何事もなく無事にアパートに到着する。
一日、誰もいなかった室内は寒々していて、慌てて暖房を入れて、室温を調整する。
明日から出発するのに、関口が風邪でも引いたら大変だ。
蒼は不安のせいで思いつめた顔をしていたらしい。
ヴァイオリンを床に置いてから、ベッドに転がった関口は苦笑する。
「そんな顔するなよ~、蒼。泣きそうじゃん」
「だって……」
だって。
「蒼は笑っているほうがいいな」
彼は大きく笑うのをやめて、そっと蒼を見つめる。
夕飯の支度をしにいこうとしていた蒼は一瞬、動きを止めた。
「関口が側にいないのに。笑えないよ」
「蒼……」
なんだか寂しくて俯いていたら余計に悲しくなって。
涙がこぼれた。
こんなことしたら彼が困るって知っているのに。
元を正せば自分のせいでこんなことになっているのに。
申し訳ないのだ。
「蒼」
身体を起こして、関口は蒼を抱き寄せる。
「また、自分のせい……とか思ってんだろう?」
優しい関口。
彼の温もりに心が和らいだ。
「そんなこと」
「今回、おれがコンクールに挑戦するのはおれのため。おれの戦いだから。蒼には迷惑をかけると思う。だけど、おれは頑張ってくるから。蒼はここで待っているんだぞ?」
「関口」
「浮気して駄目だからね」
ふと頭にキスをされてはっとする。
「な!そんなことしないもん!」
「本当かな~。なんだか心配だなあ。また桃とかに頼んでいかないと駄目かな?」
「こ、子どもじゃないもん!」
む~として顔を上げると、関口は笑っていた。
「関口……」
「どうしたの?一月なんてあっという間だよ」
「ち、違うの。違う……」
やっぱり。
住む世界が違くなってきてしまっているんじゃないだろうか?
関口は世界を相手にする音楽家だもの。
自分は平凡な公務員。
どう考えても釣り合わないし、一緒にいられるような気がしない。
今回のコンクールで関口には優勝してもらいたい。
だが、彼が優勝したら一躍、時の人になるだろう。
彼の生い立ちも手伝って日本でも話題になるかも知れない。
そんなことになったら、自分は関口の側にいられるのだろうか?
嫌なことをぐるぐる考える悪い癖が出てくる。
関口にしがみついて瞳を閉じる。
「関口が、どんどん遠くに行っちゃうみたいで恐い」
「蒼……」
「ふぇ……」
涙がいっぱい出た。
関口が困るのだから駄目だ。
関口が心置きなく旅立てなくなてしまうではないか。
泣いてはいけない。
困らせないようにしなくては……。
しかし、そんな理性に反して涙は止まらない。
どんどん涙が出ると、悲しい辛い気持ちが増幅して更に涙が出た。
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