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45.Overture2
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桜の運転でやってきた場所は、位置的に言うと開催ホールの近くだった。
「到着!」
嬉しそうに笑う彼女の言葉なんて、関口の耳には入らない。
心臓がドキドキして、シートベルトを握っていた手は赤くなっていた。
「なに?」
「……桜さん、本当に免許持っているんですか?」
「なによ!」
なによではない。
ジェットコースター並にスリリングなドライブであったことは確かだ。
さっさと降りていく彼女を見送ってから、深呼吸をする。
そして、自分も外に出てみた。
ホールの近くではあるものの、市街地からはちょっぴり離れている。
住宅が広がっている地域だった。
歴史がありそうなものから、近代的な豪邸まで。
その中にぽつんと佇む一軒屋。
簡素な造りだ。
豪華な住宅街にしては、逆に浮いているとも言える。
庭のほうが広いのではないかと思うくらいだ。
車を駐車場に入れ、桜はさっさと玄関に向かって歩いて行く。
その後ろを荷物を抱えて付いていく関口。
家は側で見れば見るほど、小さいってことが伺えた。
少し大きく見えるのは雪がこんもり積もっているからである。
なんだか、今にもつぶれそうだ。
「大丈夫なんですか?」
「うん。大丈夫だって。奴はここに何十年も住んでいるからね」
それは保障になるのだろうか?
何十年も住んでいても、崩れるときは崩れるだろう。
なんだか不安が募った。
顔色を悪くしている関口なんか放置して、桜は嬉しそうにドアを激しく叩いた。
『ミハエル!来たよ!桜よ』
流暢な英語を話す桜。
この家の人は英語が通じるらしい。
助かった。
しかし、そんなに激しく叩いたら……。
ぱらぱらと屋根から雪が落ちてくる。
「さ、桜さん!そんなに叩いたら……!だ、大丈夫ですか?」
「なにが?大丈夫だって!」
小さい男ねえ!と罵られたって構わない。
自分の命が掛かっているのだから。
わたわたして桜を取り押さえようとしている、扉が豪快に開いた。
その振動で関口の頭の上に少量の雪が落ちてきた。
「わわ!」
『ごめん、ごめん。雪かかっちゃったね』
中から現れた大柄な男は首を竦める。
男はほっぺの赤い、いかにも人のよさそうな田舎の人って感じだった。
茶色のつなぎを着ているせいもあってか、農場経営者みたいなイメージだった。
『桜はいつでも唐突なんだから』
『あんた。また寝ていたのかと思って』
『昼間だ。ちゃんと起きているさ』
彼は苦笑してから関口を見る。
『そっちが話の坊やかい?』
『そういうこと』
桜の友人か。
ずいぶん親しげだなと思う。
関口は頭を下げる。
『関口圭です。宜しくお願いします』
『ふうん』
ミハエルと呼ばれた男はにっこり笑って見せた。
そして、まじまじと関口を見つめる。
『キミはかおりの方に似ているね』
『え?母を知っているんですか?』
『うん。圭一郎もね』
『はあ……』
どこに行っても出てくる名前だ。
どんだけ知り合いがいるんだろう。
あの二人。
それに、ミハエル。
どこかで聴いたことのある名前だ。
どこだったろうか?
荷物を運び込んでいる桜は関口を見る。
「早く。寒いから」
「はい」
自分の荷物とヴァイオリンを持ってせっせと中に入ると、結構広いつくりだった。
『圭は2階の階段を上ったところの部屋を使ってくれ。そして桜はこっちね』
『はい』
玄関を入ると居間にはグランドピアノが置いてある。
そして、キッチンとバス、トイレがある。
居室は2階になっているんだろう。
かろうじて1階にある1室を桜があてがわれた。
『練習はいつでもしていいから。圭の部屋は防音になっていてね。思う存分弾いてもらって構わないよ』
『防音!それはすごい』
素敵な練習場所だ。
ピアノもあるし。
……と言うことは?
『もしかして。あなたがおれの伴奏をしてくれるんですか?』
『あ、そうそう。おれがキミの伴奏をするからね!桜から事前の課題曲は聞いている。桜の伴奏もしたことあるから任せて!』
『桜さんの……』
荷物を先に部屋に置いて戻ってきた桜は視線を向ける。
『そう。こいつはあたしの相棒なの。ヴァイオリンを弾くときのね』
『桜さん。いいんですか?そんな大切な人、お借りして』
『いいの、いいの!』
豪快に笑う桜。
そして、奥からランチの準備をしてきたミハエルも笑う。
『桜はもう弾かないって決めちゃったからねえ。おれは好きだったんだけどな。桜の音』
『それは言わない約束だろう?』
桜はつまんなそうに視線を逸らした。
なにかあったんだろうな……。
関口は思う。
桜。
ドイツに伴奏をしてくれた相棒がいるなんて。
もしかしたら世界を飛び回っていた演奏家なのかもしれない。
今回の旅は彼女の素顔も見られるかもしれない。
そんな気がした。
『じゃあ、さっそく、ランチ食べたら練習するよ』
ミハエルの言葉に関口は気を引き締めた。
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