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45.Overture4
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この町に来て分かったこと。
この町は音楽であふれているってこと。
町を歩くと、あちこちから弦楽器、鍵盤楽器、管楽器、声楽……いろんな音があふれている。
どれもこれも聞きなれている曲ばかり。
日本では考えられない。
雪深い土地のわりに朗らかな町だった。
そして。
音楽家が愛されている町でもある。
練習の合間の気分転換で買い物に出てみると、あっちもこっちも一人の男のポスターがたくさん貼られている。
関口はポスターの前で佇む。
自信に満ち溢れて微笑んでいる男。
燕尾服を着ている男は太陽みたいに輝いて見えた。
「くそ!」
小さく呟いてさっさとその場を後にする。
男の顔を見ているとあの時のムカムカを思い出した。
―――今の君はプロでもなんでもないだろう?蒼を幸せにできるつもりでいるのかい?一人前でもない坊やが。蒼を幸せにできるのか?
「っ!」
思わず側の壁に手をつく。
頭にくる。
あの男。
ショルティ。
この町では一躍アイドル扱いだ。
ヨーロッパでも次々に鮮烈デビューを果たしたのだろう。
世界の指揮者の仲間入りとして、町を上げて応援しているようだった。
確かに彼の腕はすごいのだろう。
自分もムカムカしながらも、後日テレビで放送されたショルのデビュー演奏を聴いた。
彼の音楽作りは、師匠であるガブリエルともまた違っていた。
斬新な切り口で往年の名曲を作り上げる男。
蒼に手を出す不届きな部分を除けば、素直に憧れてしまう部分は大きい。
関口から見ても文句のつけられないような素敵な音楽だったのだ。
だからこそ余計に頭にくる。
本当だったら一緒に音楽を作ってみたい部類の男だ。
だけどあんなトラブルのあった手前、そういう穏やかな気持ちで共同作業をするところじゃない。
そんなもどかしさも苛立ちの原因だった。
「はあ。やめよう。あんまり考えるの」
ため息を吐いて深呼吸をする。
ここまで来てムカムカしても、蒼はいないんだから。
いつもイライラしたときは蒼の顔を見ればほっとして安寧を保つことが出来ていた。
しかし、ここでは一人だ。
それは無理な話である。
イライラし始めると、手がつけられなくなりそうだから辞めておくことにする。
「ストレス解消法を別なかたちで見つけないとやっていけないな」
もう少し歩いたら家に帰ろう。
夕飯の前に、もう一度ミハエルと合わせることになっているのだ。
遅刻しないようにしないと。
雪も止んで、町には人が溢れている。
次はどこを見ようか?
あたりを伺っていると、人ごみの向こうから情熱的なヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
思わず釣られて足を向ける。
たくさん音楽で溢れている町だけど、関口の意識まで入り込んできた音はそれだけだった。
興味がわいた。
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