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45.Overture6
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コンクール前に反応を見るのはちょうどいいんだろう。
ピゼッティの意図がようやく分かる。
文化も違う人たちに自分の演奏は受け入れてもらえるのだろうか?
人だかりができると緊張した。
一瞬で足がすくんだ。
緊張するってこういうことなのだと改めで実感する。
心臓の音が大きくなり、弦を押さえる指が震えた。
大丈夫だろうか?
どきどきして観客を見渡す。
あれ?
見たことある親父がいるではないか。
酒の瓶を片手に顔を赤くして聞いている中年男性を見つける。
なんだ。
あれは野木だ。
ここは桜の店と同じじゃないか。
野次や罵声の中で、何日も演奏をしてきて度胸だけはついた。
お客さんの反応を見ながら、その日その日の対応もできるようになった。
人の反応を見るなんて今までできなかったのに。
今なら分かる。
ちょっとした人の表情に合わせて趣向を変えたり、イメージを変えたりできるのだ。
最初の内は興味なしで帰っていく人もちらほらいたが、結局大半の観客は最後まで関口の音を堪能してくれた。
ピゼッティのときと同じ。
拍手喝采を浴びる。
『音楽祭、がんばれよ!』
見ず知らずの親父に肩をバシバシ叩かれる。
今の時期に町に来る外国人といったら、音楽祭の出場者だと分かっているのだろう。
観客は口々に感想を述べながら散っていく。
『おれが審査委員だったらお前が1位だな』
『なかなか変わった音楽だった』
「はあ……」
なんとか大丈夫そうか?
ほっとして顔を上げるとピゼッティも拍手をしていた。
『ブラボー!圭。キミ、見かけよりすごいね』
『見かけより?』
その言葉に引っかかる。
『だって、細くてヴァイオリン弾けるのかすら怪しいじゃない』
『あ、あはは』
関口の笑みは引きつっている。
確かに。
欧米系からくらべたらアジア系は華奢かもしれないけど。
それはない。
重いものでもあるまいし。
ヴァイオリンくらい操れる。
『圭、キミ今はどこにいるの?』
『は?え?おれ?おれは伴奏者の人のところに泊めてもらってて』
『そっか~。伴奏者はこっちの人に依頼したんだね』
『うん』
ヴァイオリンを返してから荷物を持つ。
『ピゼッティは?』
『おれはホテル。伴奏者には相棒を連れてきたさ~』
両手を広げて大げさなジェスチャーをする。
『あ、そう……』
こういうテンションには着いていけないのだ。
だから海外留学もちょっと大変だったことを思い出す。
『明日から始まるんだもんな。宜しく頼むよ!』
『こちらこそ』
愛想のよい笑みを浮かべて、彼は歩き出す。
しかし、雪道に悪戦苦闘している様子だった。
能天気と言うか、民族の違いなんだろうな。
思わず苦笑して関口も彼に手を上げてすたすた歩き出す。
こっちはもともと雪国生まれだ。
雪道の歩行は慣れている。
自分もこうしてはいられない。
練習だ。
本当だったら前日に弾くなんてありえないけど。
今回は特別だ。
伴奏ともぎりぎりになってからの調整だったから、もう少し合わせておきたい。
逸る気持ちを抑えて彼はミハエルの家を目指した。
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