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50. ATTO SECOND1
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コンクール開催中は地元の新聞もコンクール一色。
一次予選の翌日。
新聞に大きく載った『ショルvs関口』の文字。
関口は頭痛がした。
「は~。こんなことになっちゃうなんて」
思ってもみなかった。
「いい感じね」
桜は嬉しそうに笑う。
「勘弁してください!桜さん。やりにくくって仕方ない」
「そういうプレッシャーに耐えることも戦いだ」
「はあ」
今年は出場者が多かったので一次予選は3日間にわたって行われた。
ここまで話題になって一次で敗退なんて格好が悪くて話にならない。
しかし、一次予選の結果は揉めることなくすぐに発表された。
今回の予選で出場者は半分以下に減らされる。
どうなることかと思ったが、無事通過することができた。
こうなるとゴシップネタ好きな地元誌は大騒ぎだ。
他の優勝候補者なんて全く取り上げられない。
顰蹙は目に見えている。
気持ちはへこんだ。
「はあ……」
桜はこれでいいって言うけど。
とても二次の練習に身が入るどころではなかった。
二次予選の課題曲はこのコンクールのために書かれたヴァイオリンソナタだった。
作曲者はこの町出身の若手。
今回が初演になると言うことで彼も楽しみにしていると聞いていた。
どう演奏してやろうか。
迷う。
もちろん楽譜通りが基本だけど、今まで誰も演奏したことのない曲なのだ。
古典の曲だと演奏している音源があり、曲に対する研究が進んでいるので勉強がしやすい。
だけど、今回みたいな初演ともなると、自分なりの解釈を加えていくようになるので頭が痛いところだ。
タイトルは『春』。
現代作曲家独特の飛んでいる曲だが、最初から最後までどこか寂しげな雰囲気を感じさせる曲だった。
華やかなメロディーとは裏腹に暗いイメージを引きずっている曲。
なんとなくは分かるのだが、どうもいまいち掴みきれない。
矛盾したその二つをどう処理しようか迷っているのだ。
「う~ん……」
ため息を吐いて楽譜を見つめる。
何度も試行錯誤してみた。
しかし、しっくりこないのだ。
この町のことはネットや映像でいろいろ調べた。
作曲家がこの場所にこめた思いを探ろうとしたのだ。
しかし、映像などの媒体では想像することが出来ても身体に入ってこない。
そして、それはここに来てからも同様だった。
一次のことで頭がいっぱいだったから忘れていた違和感。
二次の練習に取り掛かった途端、ぶつかってしまった。
「困ったな~」
頭をもしゃもしゃと掻いてから起き上がる。
古びたベッドが軋んだ。
少し、町でも見てこようか?
彼の過ごした町を歩いてみよう。
日本でも曲に行き詰ると散歩をすることにしている。
コートを取り上げ、階下に降りていくと、ミハエルが夕食の支度をしているところだった。
『圭。どこに行くの?』
『ちょっと散歩』
『寒いから気をつけてね』
『うん』
本当に気が利く心優しい男だと思う。
桜はと言うと、ソファに寝そべって昼寝中だ。
こちらに来て気が付いた。
日本にいるときは店があるからなのか、日中の様子を知らない生なのか分からないけど、彼女はかなりのぐ~たらだ。
こうして何もなければうだうだと過ごしている。
謎の女だ。
天才とは訳が分からないものである。
苦笑してから外に出た。
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