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50.ATTO SECOND6
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ステージの雰囲気は嫌いではない。
いろいろな香りがするのだ。
しんとしている客席。
関口だけを迎えいれてくれる拍手。
熱いくらいのスポットライト。
暗闇に浮かぶその場所に自分は立った。
『春』
暗く長い冬の中で春を羨望する人たちの思い。
春への憧れ。
春への希望。
春への喜び。
この曲は蒼のために弾く。
自分にとっての憧れや希望、喜びは蒼なのだ。
冬の状態の自分に暖かさを与えてくれた彼が、関口にとったら春だった。
その解釈で駄目なら駄目だ。
今の自分に出来ることはそれなのだから。
ステージに立ち、周りを見渡す。
桜には飲み屋だと思えなんて言われたけど、そんなこともったいなくて出来ない。
やっぱり、きちんとしたホールで演奏ができる喜びも欲しい。
ちゃんと現実を見て演奏したい。
深呼吸をしてステージのにおいを感じる。
一次のときは慌てていたから。
楽しもう。
そう思った。
ミハエルが椅子に座り用意ができたことを知らせる合図をする。
関口も頷いた。
どんな演奏だったとしても、これからの15分間だけは関口の時間になるのだ。
日本から遠く離れたこの場所で。
自分の中でいかに蒼が大切かを聞いてもらおう。
ヴァイオリンを構えて首を振る。
ミハエルは軽く頷いて伴奏を奏で出した。
静寂に包まれるホール。
今日は朝から同じ曲を聞かされている観客たちは静まり返った。
ミハエルの演奏は素敵だと思う。
関口のイメージを形にしてくれる素晴らしい伴奏者だった。
彼との競演もここまで。
ピアノの寂しげな音に合わせて関口の演奏はスタートした。
「まあまあねえ」
客席に座っていた桜は隣にいた女に声をかける。
「出だしはいいのだけど……。弾き切れる?楽譜を見たけど、結構ハードよね。圭はスタミナがないから……」
パンフレットを握り締めて、くるくる巻き毛の女は桜を見る。
「大丈夫。それはあたしがみっちり弾きこませたからさ」
「桜」
心配そうにしている女。
彼女は薄手のワンピースを着ていた。
華やかな女性。
桜は苦笑して彼女の手を取った。
「大丈夫。あんたの息子はきっちり面倒みているわよ」
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