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50.ATTO SECOND7
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15分はあっという間だった。
講評がどうあれ、確実に関口の作り上げた世界にホール全体が浸った時間だった。
ヴァイオリンを下ろすと、一次の時より大きな拍手が響いた。
演奏がいいのか。
注目株だからなのかは分からない。
関口からしたら複雑な思いだった。
ミハエルに笑顔を向け、ステージを降りる。
『良かったよ~!圭』
ミハエルはホクホク顔で笑う。
『そっかな。最初も転んだし。最後の方もさ……』
『細かいこと言ったらきりがないよ!なにはともあれ、圭の世界は作れたんだからよしとしようじゃないか』
通路を歩いてホワイエに出ると、案の定、報道陣が待ち構えていた。
『お疲れ様です!』
『できはいかがですか?』
『何をイメージして曲の解釈を行ったんでしょうか?』
おちおちのんびりも出来ない。
は~っと大きくため息を吐く。
断ってやらないと。
そう思った瞬間。
いつもは黙っていたミハエルは声を上げた。
『圭はこのコンクールでその実力を示す男です!だからインタビューはほどほどにしてもらえませんか?すべてが終わったらきちんと答えるでしょうから』
彼の言葉に報道人は静まり返る。
『さ、行こう。圭。桜が待っている』
『うん』
大柄なミハエルに連行されるように歩いていく関口をフラッシュだけが見送っていた。
ホールにいる限り、なにかと落ち着かないのでさっさと引き上げるようにと、桜から厳しく言い渡されていたが、どうしても自分の二つ後のピゼッティの演奏は気になっていた。
演奏が終了したら側の喫茶店で待ち合わせをしていたけど、ミハエルに先に行ってもらって自分はホールにこっそり戻る。
こそこそ歩いていれば目立たないものだ。
日本人なんてそんなもの。
こっそりホールに入り、着席するとちょうど彼の演奏が始まるところだった。
一次のときは彼の演奏を聞いている余裕もなかったからちょうどいい。
ほっとした。
同じ曲。
彼はどう演奏するのか気になっていた。
拍手に迎えられて出てきたピゼッティ。
ピアノの伴奏はちまちました小柄な男だった。
自分とは逆パターンだなと思う。
ステージに立つとミハエルのほうが映える。
自分は外人から比べると体格も劣るし、派手さでも負ける。
その点、ピゼッティは目立つ男だから、こうして立っているだけで人の目を惹いた。
隣の女性は「きゃ」っと黄色い声をあげる。
もうファンがいるらしい。
同じ男としては負けたとしか言いようのない瞬間だった。
ピアノの伴奏が始まるとずいぶんアップテンポだった。
なんで?
豪快に始まるヴァイオリンパート。
関口のそれとはまったく異なる解釈だった。
冬の寂しさ。
春への羨望。
ピゼッティは明るく華やかに仕上げてきたようだ。
ベースにある暗さなんて吹き飛ばしてしまうかのような強引な解釈だったのだ。
半分呆れて聞いていた関口だったが、途中からそれもいいなと思えるようになってきた。
この町の人たち。
路上で演奏したときにも感じたが、まったく暗さなんて感じさせない人ばっかりだった。
雪が多くて灰色の空に覆われてばっかりだけど、人々は明るく健気に生きている。
人生を楽しんでいるのだ。
くよくよなんてしていられない。
そういう思いが伝わってくる。
いつの間にか彼の世界に引き込まれて、はっと気が付くと演奏は終わっていた。
観客も同様な感想だったんだろう。
ふと拍手をすることも忘れぼんやりステージを見ていた。
ピゼッティが頭を下げると、遅れて拍手が響く。
割れんばかりのものだった。
拍手に便乗して関口はホールを出る。
「すごい。本当にすごい奴だ」
心からそう思う。
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