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53.心に決める6
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圭一郎を交えた晩餐はハチャメチャだった。
それは以前からも知っていたことだけど。
陽介なんかは終始、目を白黒させていた。
食事を終え、お酒なんかを飲みながら嬉しそうに話をしていた栄一郎は、ふと真面目な顔をして疑問を口にした。
「そういえば、なにをしに来たんだ?」
「え?」
「だって。世界に名だたるマエストロだ。忙しくて、こんなところで油を売っている暇はないだろうが」
そういえばそうだ。
今回は関口もいないし。
ショルティだってコンクールで拘束されていると聞いている。
仕事で来たにしてはのんびりしすぎだし。
どういう風の吹き回しなんだろうか?
蒼もおつまみを食べる手を止めて彼を見る。
陽介も同様だった。
「そうだった、そうだった」
彼は豪快に日本酒をあおってから大笑いをする。
「肝心な話をしていなかったね」
「肝心な話?」
「うん。今回の目的は蒼なんだけど?」
「へ?おれ……ですか?」
「そうそう」
圭一郎は向きを換えて蒼をじっと見据える。
「蒼に頼みがある」
「な、なんです?」
圭一郎は真面目な顔をして頭を下げた。
「おれと一緒にドイツに行ってくれないか?」
「ええ?」
「ドイツって……」
栄一郎と空は顔を見合わせた。
「圭くんが行ってるんじゃ」
そうなんだと、圭一郎は頭を下げたまま続けた。
「親馬鹿かも、いや。親馬鹿なんだ。だけど、あいつが始めて世界に飛び出そうとして頑張っている姿を見ると、どうにも放っておけなくて。あいつ、おれに似て偏屈だし、素直じゃないところが多いけど、きっと蒼に聞いてもらったら最高の演奏が出来ると思うんだ。だから、ファイナルには蒼に会場にいてもらいたい。そう思っている」
「……お父さん」
ファイナルはもうすぐだ。
仕事だって忙しい時期だし。
休んでばっかりの今年度だったから、有給だってほとんど残ってはいないのだ。
それに。
なにより。
関口に迷惑がかかってしまうことが恐ろしいのだ。
自分だって側にいて関口を支えて上げられたらどんなに嬉しいことか。
だけど、自分が行くことで彼の重荷になってしまったら大変なことになってしまう。
コンクール前の彼の様子は重々承知している。
ナイーブになっている彼に対して、自分はどうしたらいいのかなんて分からないのだ。
「蒼、一生のお願いだ」
「や、止めてください。頭を下げるなんて。あの。でも」
すぐに返答なんて出来そうにもないくらい難しいお願い。
迷ってしまう。
どうしていいのか分からなくなってしまって、回答を見つけるなんて途方もないことのように思われた。
長い沈黙に焦ると、更に混乱した。
しかし。
「行けばいい」
沈黙を破って聞こえた声は陽介のものだった。
ビックリして顔を上げる。
「え?」
彼はつまらなそうに視線をそらして続ける。
「待ってると思う。おれは」
「陽介」
「おれがあいつなら、蒼が来るのは喜ばしいことだと思うと思う」
ぷいっと顔をそむけた陽介の様子を見て栄一郎も笑った。
「そうそう。圭くんだったらそう思うよ」
「そうね。蒼、行ってきなさいよ」
「なっ!ちょっと、なにを勝手に……」
なんなんだ。
この展開。
蒼一人だけがまごまごしている状態。
「じゃ、決まりっ!だな」
ふいに圭一郎が手を鳴らす。
「あ、あのっ!」
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