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54.ATTO QUARTO3
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午前中から練習しているのだから、きっと昼ごはんも食べていないだろうに。
それでも笑顔で付き合ってるのだから心から楽しんでいるに違いない。
『もう頭きた!お前みたいな細かい奴と合わせてられるか!』
『そういうことを言っていいのか?ファイナルまで残るのが条件だったが。途中で投げ出すような奴なら半端者だ。蒼はおれが頂く』
『だから!蒼は渡さないってば!』
『じゃあどうする?やるのか、やらないのか?』
『……ッ!』
む~~!と口をへの字にしてから関口は大きく息を吸う。
少し落ち着つかなければ。
ショルは人のことを怒らせるのが得意みたいだ。
自分は踊らされているのかも知れない。
ちょっと冷静にならないと。
数回深呼吸をしてそれからショルティを見る。
『分かった。やる。だけど、これはおれの演奏なんだ。おれの好きにやらせてくれ』
じっとショルティを見つめる。
すると、彼も関口の思いを感じたのか。
理解したのか。
肩を竦めた。
『分かった。お前の好きにやれ。合わせてやる』
『うん』
『じゃあもう一度。みんな、すまん。この下手くそに合わせてやってくれ』
いちいち勘に触る男だ。
だけど、もう時間もオーバーしているし。
ふと気が付くと、ピゼッティの姿が見えた。
悪いことをしてしまった。
彼の時間まで使ってしまって。
これで終わりだ。
1回限り。
関口がヴァイオリンを構えると、ショルティの指揮が降りる。
演奏が始まる。
しばらくオケの演奏を聞き、それから自分の出番だ。
あれ?
さっきより弾きやすい。
そう思った。
ふとショルティを見ると、ちらちらと自分を見てくれている。
そうだっけ。
忘れていた。
自分の演奏でもあるけど、これはショルティとこのオーケストラの演奏でもあるのだ。
一人じゃない。
一人じゃ。
室内楽の時となんら変わらないじゃないか。
ただ、人が増えただけ。
焦って一人で先走ってもだめ。
ショルティを見て、息を合わせて。
そうそう。
そういえば、星音堂の文化祭のときも自分はそうやっていたじゃないか。
素人で何も分からない蒼に合わせようと必死で彼に呼吸を合わせた。
今もそうだ。
オーケストラはショルティの指揮に同調している。
だから、自分は彼に合わせなくちゃいけないんだ。
今まで視界にも入れたくなくてそっぽ向いていたけど、ちょっと身体をずらして指揮を見る。
関口の反応に彼も気付いてくれたのか。
身体を少し関口の方に向けてくれた。
弾き易い。
オケの伴奏に合わせて、そして自分の個性を出せばいい。
「小さく」とかそういう指示は余計だけど、オケの範囲内でやれればいいのかも知れない。
『そうだ、圭。そこ、さっきよりいい』
ふとショルの声に顔を上げる。
『お前に言われたからじゃないからな』
『なんとでもどうぞ』
真っ暗なホールを見つめて息を吐く。
オーケストラとの共演。
楽しい。
柴田とも違う。
なんだか、新しい音楽が作れそうな気がした。
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