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59.春の受難1
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ジリジリジリ…
黒電話の音。
うるさい音だ。
耳につく。
何時だ?
眠い目を擦って枕元の携帯に手を伸ばす。
「5時?」
まだ朝方の5時。
それなのに電話は鳴り続けている。
「う~ん、圭~。電話だよ~」
寝返りを打って窓際で寝ている彼を見る。
しかし、布団にとっぷりもぐっている彼は起きてくる気配はない。
あまりのうるささに一緒になってもぐっていたけだもが外に出てくる。
「にゃ~」
伸びをして眠そうに瞬きをしていた。
「仕方ないな~」
つい最近までは、この電話にかけてくるのは栄一郎一人だったが、圭のコンクールで番号が出回ってしまってからはしょっちゅう電話が鳴るようになっていた。
まあ、基本的に仕事の話はマネージャーである高塚の携帯に連絡が入るようになっているのだが。
未だにこうして、ここにかけてくる輩もいるのだ。
しかも、なんなんだ?
この時間。
まだ5時だし。
しかも電話のベルは途切れることがない。
よっぽどしつこい性格の相手と見える。
蒼は目を擦ってから受話器を持ち上げた。
「はい。……、……っ!?」
受話器から聞こえてきたのは聞き慣れない言葉。
日本語じゃない。
「??」
寝起きで頭が回らないから、なにを言っているのかさっぱりだ。
『もしもし?聞いているか?圭??』
誰?
蒼は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
『どちら様ですか?圭はまだ寝ていますけど』
『あれ?じゃあキミは。……蒼?』
自分のことを知っている??
『ええ。蒼です』
『そっか!蒼か~!元気かい?ショルだよ!』
ショルティ。
蒼の脳裏にショルの顔が浮かぶ。
『ショル?』
『そうそう!元気かい?蒼~』
『うん。元気』
『なんだかもう何年も会ってない気がするよ~!』
そんなはずはない。
まだ1ヶ月そこそこの話だ。
外国人は大げさで困る。
蒼は妙な笑いをしてみた。
『圭はまだ寝ているのか?』
『ええ。って言うか。日本はまだ朝の5時ですから』
『そうだっけ?おれは今ロンドンだから。夜だけど?』
自分の基準に合わせないでもらいたい。
蒼はため息だ。
相変わらずなんだな。
あのコンクールでの演奏はどれも素晴らしいものだった。
個性的な出場者たちに合わせて、見事に指揮を振ったショルの評判もかなり上がったらしく、あれから、ちょくちょくテレビでショルの名前を聞くようになっていた。
まあ、元々華々しくデビューした人だから仕方ないことなのだろうけど。
『今日電話したのはね。日本でのコンサートが決定したから圭にも話が行っているんじゃないかと思って』
『え……そういう話は聞いてないけど?』
『おかしいな。今日、圭のマネージャーと話しをしたんだけどね』
今日って。
日本にしたら夜中の話だろう。
きっと高塚からは数時間もすれば連絡が入るはずだ。
『それでわざわざ』
『うん。また競演できるのが嬉しくて、じっとしていられなかったからさ』
『競演?コンサートってショルのじゃなくて??』
『そうそう。この前のゼスプリコンクールのガラコンサートをその演奏家たちの地元でもやろうってことになったんだ』
そうだったのか。
と言うことは。
またショルと圭が競演できるってことだ。
しかも日本で。
『日程はまだはっきりしないみたいだけど、ピゼッティのところと圭のところ、それからロンドンと。忙しくなるからね。蒼もおいでよ』
もう行きませんから。
そう思う。
『おれは仕事がありますから』
『仕事なんか休んじゃえばいいのに』
『いい大人がそうそう遊んでばっかりいられないんです』
もう本当に新年度からは無理。
昨年度は休みすぎたのだ。
今日から4月。
心を入れ替えなくちゃいけない。
『蒼はなんだか冷たいね~』
『冷たくなんか……』
そこまで言ってはっとした。
後ろから長い腕が伸びてきてプツっと電話を切ってしまったからだ。
「圭?」
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