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59.春の受難7
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なんの用事だろう?
やりかけの仕事もなかったはずだ。
今日は一日、三浦についてやる仕事しかなかったのに。
黙々と歩く彼の後ろをくっついて歩く。
星野の背中を見つめ、歩いている間にいろいろなことを考えた。
あの三浦って男、殴ってやろうかと思った。
温厚な性格の蒼だって怒りたくなるときはあるものだ。
吉田が入ってこなかったら暴力沙汰になっていたかも知れない。
イライラする。
憤りの気持ちを持て余していると、星野が止まった。
蒼は勢い余って彼の背中に衝突した。
「わわ!」
「なんだよ~」
ぶつかられた星野はとぼけた顔をして蒼を見下ろした。
「おいおい。ちょっと座れよ」
「な、なんなんです?おれ、忙しいんですけど……」
む~っとしたまま星野に勧められたベンチに腰を降ろした。
ここはホワイエの2階広間。
星野と秘密の話をしたりするときに利用する場所。
「そうカッカすんなよ~」
「な、おれは別にそんな……」
「そういう恐い顔は似合わないぞ?」
ふっと熱くなっている頬に冷たいものが触れた。
「へ?」
「ほれ」
彼が持っていたものはペットボトルのお茶。
蒼は黙ってそれを受け取り俯く。
「お、おれ。失格ですね。ああいうの向いてないんです。人に教えるなんて。へたくそだし」
「数時間で答えは出ないだろうが」
煙草を取り出して火をつける星野。
「分かりますよ。三浦くんもつまらなそうだし。もっと楽しくお話できたらいいんだけど……うまく行かなくて」
一人で空回りしていた。
焦る気持ちと、苛立ちと。
全てが混ざって混乱していたらしい。
お茶を握り締めてため息を吐いた。
「お前は気を使いすぎなんじゃないのか?」
「そんなことないです!」
そんなことはない。
星野にとったら所詮、人事だ。
学ぶ姿勢のかけらもない男を相手にしている自分の気持ちなんか分かるわけがないと思った。
星野はあの安齋と言う男をここで教育したと言う。
彼は優秀だ。
きっと三浦みたいな問題児ではないはずだし。
相手も悪かったんだと思う。
「おれ、もう外してもらいます。こういうの向いてないし。吉田さんのほうが優しいし。きっと上手く……」
そう言い掛けてはっとした。
星野は相変わらずの無表情。
ただ黙って蒼を見ているだけだ。
「な、なんですか。どうせ、弱虫とか、すぐに逃げ出す卑怯者だとか思っているんですか?い、いいですよ。それだって。おれは向いてないんですから。もう放って置いてくださいよ!」
自分でも分かっているようだ。
弱虫。
卑怯者。
沈黙の中、じっと見据えられていると全て見透かされてしまっているようで恐くなった。
蒼はさっさと立ち上がると事務室の方向に走っていく。
「お~い。蒼~?」
一人ぽつんと取り残された星野は煙を吐いた。
「まったく面倒な男だな……」
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