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63.引越し3
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小物を運び出し、本を運んだら、今度は大きな電化製品だ。
と言っても、もともと質素な生活だ。
洗濯機に冷蔵庫、テレビくらい。
大きな本棚は売りに出すことになっている。
新しい家は圭と蒼の希望通りに改築が済んでいるので、書斎になる部屋には備え付けの本棚があるのだ。
なにもかも運び出されるとなんだか寂しくなってしまう。
トラックに乗り切らないと悪戦苦闘しているメンバーの声が窓の外から聞こえた。
大きいものから積み込んでいるのだが、どうにも小物が多いらしい。
がらんとしてしまった部屋を眺めてため息を吐く。
「は~……」
大して長く世話になったというわけではないけど。
思い出いっぱいの部屋。
きょろきょろして床の傷を見つける。
これは初めてここに来たとき、一人でベッドを引きずったせいでついた傷。
懐かしいな。
しゃがみこんで床を撫でる。
この部屋はこんなに広かったろうか?
本を運び出してしまうとなにもない部屋だ。
お客さんも友達も少ない蒼。
ここに来てくれた人は本当に少ない。
圭と出逢ってからいきなり人間関係が広がったけど。
それまでは蒼が出入りする以外、ほとんど誰もこない部屋だった。
けだももいなかったし。
ベランダから外を見る。
大きなトラックの前で星野と野木が言い合いになっている。
なんだかんだ言って合わないのだ。
あの二人。
荷物を運べればなにも問題はないと思うのだが。
側で圭や高塚、吉田たちがおろおろしている。
宮内は疲れてしまっているのか、側に腰を下ろして愉快そうに眺めているし。
女性二人は別な話で盛り上がっているのか、笑顔を見せている。
「引越しって本当に大変なんだな」
荷物運びの労力もそう。
人が集まっての共同作業もそう。
そしてなによりも。
今までお世話になったこの場所とお別れをすることが辛い。
手すりに身体を持たれかけてため息を吐く。
お天気の日。
曇りの日。
雨の日。
さくらが咲く季節。
花火が見える季節。
紅葉が見える季節。
積雪のある季節。
この場所からみたいろいろな景色が思い出される。
なんだか悲しくなった。
それに。
ここからいつも見ていたもの。
「蒼!」
ふと名前を呼ばれて視線を落とす。
ひと悶着が落ち着いたのだろう。
圭が手を上げてこっちを見ていた。
「降りておいで。そろそろ新しい家に行くよ」
そう。
ここからみたもう一つの景色。
それは。
この場所に圭がいるってこと。
彼が帰ってくるのを心待ちにしてここから見ていた。
彼の姿が見えるとほっとした。
ここから圭を見下ろすが好きだったのだ。
この景色に彼が溶け込んでいるのが好きだったのだ。
「蒼!」
もう一度呼ばれてはっとする。
「うん!鍵閉めて行くね!」
ベランダからいそいそと室内に入る。
明日、取りに来てもらうことになっている本棚を見上げてからごしごしと目を擦る。
ちょっぴり悲しかったみたいだ。
不思議そうに見上げているけだもの紐を外して抱き上げる。
「新しいお家に行こうね」
けだもは嬉しそうに喉を鳴らした。
知らない人がたくさんきて落ち着かなかったから。
蒼に抱かれてほっとしたのだろう。
最後にもう一度、室内を見渡し、それから頭を下げる。
「お世話になりました」
蒼が出て行ったその部屋はしんと静まり返っていた。
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