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63.引越し5
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「おれの話なんて参考にならないよ。むしろ……」
「え?」
「ううん」
なんでもない。
むしろ。
今でも、自分がどうしたらいいのか。
このままでいいのか。
なにがなんだか分からないのだから。
廊下越しに楽しそうにしている圭を見つめる。
彼はいい。
音楽一本できている男だから。
道は見えているのだ。
圭は言う。
自分は音楽しか知らないから、他のことはなに一つ出来ないって。
でも、それは蒼みたいに何もない男からみたら羨ましい悲鳴だ。
「恥ずかしい話だね。この年になっても何も見つけられないんだから」
口から出た言葉は本心だろう。
油井は瞬きをして蒼の横顔を見つめた。
「そっかな」
お寿司を食べる手を休め、油井もまた呟く。
「え?」
今度は蒼が油井を見つめる番だ。
「おれ、蒼さんがおれと一緒なんて思えない」
「油井くん?」
「蒼さんのこと、うらやましく思います」
彼は嬉しそうに蒼をみる。
「確かに。関口さんみたいになにかを追っかけているのもすごいとは思うし、おれも憧れます。だけど、蒼さんを見ていると、目標もなくただ生活を送っているようには見えないんですけど」
「そ、そんなことないよ」
「そうかな?」
蒼はまごついた。
だって、自分はこうして、ただ毎日を生活しているだけ。
一つの目標もなにもなくて。
「星音堂の仕事をしている蒼さん。いいなって思います。星野さんたちと一緒に、みんなで協力して、市民の人たちが使いやすいようにって一生懸命じゃないですか」
「……それは」
油井は箸を置き、そして蒼に向き直る。
「おれはそういう一生懸命になれる仕事を探したいんです」
油井はしっかりしている。
まっすぐに見つめられると、なんだか気恥ずかしかった。
「会社員や公務員が悪いとは思いません。むしろ、関口さんみたいな人が稀だから、特別にいいなって思ってしまうんでしょうけど。でも、おれにはそういうのは向かないってはっきりしていますから。だから、なにか特別なことをしたいなんて思わないんです」
彼は続ける。
「特別じゃなくていいんです。ただ、その、蒼さんや星野さんみたいに、自信を持って仕事に取り組めるような、その誇りみたいなものを感じられる仕事って言うのがなんなのか分からなくて」
本当にしっかりしている。
高校生って言っても、もう大人なのだろう。
いつまでも子ども扱いをしていたら失礼だな。
そう思った。
「油井くん」
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