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63.引越し6
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「なにがいいんだろう。本当に……」
自分で言い出しておいて、悩んでしまう油井。
今度は蒼が口を開く。
「油井くんの興味のある分野に進めばいい。まだなにをしたいか決めることはないと思うよ」
そうなのだ。
「圭は生まれてきてから目指すところが決まっているから。わき目もふらずに駆け足で進んでいるけど、なにをしたいか決まっていないおれたちは進みながら決めるって言うのもいいことなのかも知れないね」
「進みながら」
「そうそう。油井くんの言葉で気が付いた。そうなんだよね」
うん。
別に公務員になったからってなんてことはない。
やりたいことなんて一つも見当たらなかった。
市民の皆さんのためになにかしようなんて思いも、これっぽっちもなかった。
だけど、目の前にある仕事だけは社会人としてきちんとこなさないと。
そういう思いが強かった。
でも今はどうだろう?
星音堂に来てくれる人たちの笑顔を見ると嬉しい。
音楽の世界で星音堂の評価が上がると自分のことのように嬉しいのだ。
蒼にとって、この星音堂で働けると言うことは誇りだ。
みんなに胸を張って言える仕事なのだ。
「そうなんだね。油井くん」
「?」
「ううん。ごめんね。油井くんの相談だったのに。なんだか逆におれが励まされちゃったりして」
「そんなことありませんよ。おれもなんだかちょっとすっきりしました」
油井は笑顔を見せ、海苔巻きを摘む。
「そうですよね!自分の好きな分野に進んで、それから決めてもいいですよね?」
「そうそう」
自分の高校生時代を思い出し、蒼は苦笑する。
「って言うか、偉そうなこと言っているけどさ。高校の時は油井くんよりも全く幼稚だったからね。本が好きだったから、大人になったら本を読んで過ごせる仕事がいいな~なんて思っていた訳」
蒼の言葉に油井は爆笑する。
「蒼さん、それじゃあ、幼稚園くらいの子が『お花が好きだからお花屋さんになるの』と同じ発想じゃないですか?」
「確かに!」
いきなり盛り上がりだした二人が楽しそうなのか?
けだもはぴょんと蒼の膝の上に飛び乗る。
「でも、その本好きがなんで公務員なんですか?」
「さてね~。本屋、古本屋、図書館司書……いろいろ考えたんだけど、公務員を選んだ最大の理由はねえ……」
蒼は声を潜める。
「定時に帰れるし、お休みもあると思ったから!」
「は!?公務員ってそうなんですか?」
「なわけないでしょう。残業もしっかりあるし。星音堂にきちゃったから時間も不規則だし。全くもって当てが外れたわけ」
「楽しようとするからバチが当たったんじゃないですか~?」
きついことを言う。
蒼は顔をしかめて笑う。
「ひどいね。油井くん」
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