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64.日々勉強1
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「引越しをしたんだってね。圭」
嫌いな男の声に顔をしかめて視線を向ける。
圭の一番嫌いな男。
関口圭一郎。
彼はソファに身体を預け、のんびりと寛いでいる。
「どっから聞いたんだよ。あんたは」
「まった~。あんたとか言って。お父さんだって言っているだろう?」
読んでいた楽譜を閉じ、辺りを見渡す。
誰かいないのか?
なんで親子だからって控え室を一緒にされなくちゃいけないんだ。
別にしてくれ!
心からそう思い、腰を上げる。
しかし、そんな圭を呼び止めるかのように圭一郎は続ける。
「誰から聞いたっていいじゃない。そういう情報って言うのは父親であるおれのところには黙っていても入ってくる訳」
こういうことを圭一郎に洩らす輩は。
高塚か星野辺りだろう。
む~っとする。
後で口止めをしておかないと。
自分のプライベート情報を親に洩らしてもらっては困るのだ。
そんな彼の思考を察知したのか。
圭一郎は豪快に笑った。
「そう怒るな。高塚くんか星野くんだと思っているんだろう?」
「ぐ」
「違うから。教えてくれたのは蒼だし」
「は!?」
今度は別な怒り。
「なんであんたがあいつと話ししてんだよ!」
「いいじゃないか。義理のお父さんになるんだし」
「ならないよ!」
テーブルに手をついてもんもん怒っていると、有田が顔を出した。
「お取り込み中ですか?」
視線をそむける圭を他所に、圭一郎は苦笑する。
「別に取り込んでないよ。親子の会話だ」
「……そのようには見えないんですけどねえ」
有田はちらりと圭を見て、そして咳払いをする。
「本日は調整1回目です。2週間後の本番に向けてしっかりお願いしますよ。マエストロも圭くんも」
自分はついでか。
嬉しそうに席を立つ圭一郎の顔はいつものそれではない。
音楽家の顔だった。
そうだ。
そうだよな。
ついでだ。
自分は。
親子で競演なんて言うけど、結局は話題づくりのねた。
自分はそのおまけなのだ。
気が立っている。
それはそうだ。
神経質に成らざるを得ない状況なのだから。
それじゃなくても、こういう緊張感のときはイライラするものだ。
「圭くんも宜しく」
有田に促されてリハ室への長い廊下を歩く。
前を歩く自分の父親の背中。
とてつもなく大きく見えて、足が竦んでいた。
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