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65.親の心子知らず。子の心親知らず。1
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子どもが欲しいと思ったことは一度もなかった。
自分は小さい頃から、同年代の子と遊ぶことが少なかったせいなのか?
自分よりもか弱い生き物を見て、「可愛い」とか「守ってあげないと」と言う思いを感じる機会が少なかったのかも知れない。
物心がついたときは、自分の周りには大人しかいなかった。
父親は貿易関係の仕事をしていたので、海外出張をすることが多かった。
母親はピアニストで国内の演奏会をこなしていた。
そう。
小さい頃の境遇。
自分の息子たちも同じ境遇に陥れてしまっているのだ。
本当は違った。
子どもはいらない、と言うよりも「子ども」と言う存在自体に興味がなかった自分が、実際に息子が生まれてから変ったのだ。
自分の人生の中心には息子である圭がいた。
彼が生まれてから、随分葛藤した。
自分と同じ思いはさせたくない。
両親ともども不在の寂しい思いなどさせたくなかったのだ。
だけど、気が付くのが遅かったのだ。
すでに、その頃の自分は名前が知られてきて、世界中から仕事のオファーがあった。
子どもと音楽と。
どちらも魅力的だった。
両親の意向で、歩くことよりも先に音楽を覚えた。
根っからの音楽人になっている自分にとって、音楽は捨てられないものだったのだ。
だからと言って子どもを諦めたわけでもなく。
なんとか両立しようと頑張ったものだ。
しかし、元々、親の愛情と言うものを知らない男だ。
今更、自分が受けたこともない愛を息子に与えようとしても所詮無理な話であった。
「一人で空回りしてしまうのだよ」
自嘲しても始まらない。
音楽の世界の最前線を駆け抜けている間も、心のどこかには夢があった。
自分がいて。
妻がいて。
そして、息子と娘が笑っているのだ。
家族四人の団欒。
普通の家庭のように、四人で温泉旅行なんていいのかも知れない。
「どうしてこんなことになってしまったのだろうな」
やはり自分のせいなのではないか。
自分の音楽への入れ込みは異常だと思うときもある。
本当だったら、仕事は適度に、そして家庭も大切に。
これが世の中のサラリーマンだろう。
だけど、音楽は自分のライフワークである。
力を抜くなんてことが出来るはずもない。
「不器用……なのかも知れないな」
そして、自分に似てしまった息子。
彼もまた音楽一直線。
ただの不器用な男だ。
「不器用な男はどうしたらいい?」
ワインを片手にウロウロしてみる。
でも結局、なにも思い浮かばない。
「音楽のことなら、なんでも浮かぶのにな……」
家族のことをなにも考えていないわけではないのだ。
圭との関係。
朱里の不倫。
子どもたちとの関係をなんとかできないものだろうか?
「今更遅いのかねえ」
彼はグラスを置き、上着を羽織る。
そして、颯爽と部屋を出た。
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