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65.親の心子知らず。子の心親知らず。2
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「マエストロ、今日はお世話になります」
廊下を歩いて行くと、前から管弦楽のコンマス小林が挨拶に来た。
「いやいや。こちらこそ。悪いねえ。親子のごたごたにつき合わせて」
「いいえ。光栄です。こんな機会に参加させていただけるなんて」
彼女は中年だ。
あまり付き合いはないが、今回の件でいいコンマスだなと思った。
今後、末永く付き合っていきたいタイプかも知れない。
「圭くん。ゼスプリグランプリの演奏を聞きましたけど、それから数ヶ月で随分伸びてきているんじゃないですか?」
「そうかな?」
「そうですよ。あまりにも近くにいすぎて気が付かないだけなんじゃないですか?」
そんなことはないだろう。
「いや。あまり親として息子を褒めるのはよくないからね」
「あら。そんなこと言っていると嫌われちゃいますよ」
小林は朗らかに笑う。
「男の子ってお父さんの背中を見て育つじゃないですか。いつまで経ってもお父さんのことを追い越せないもどかしさもあるし。その憧れのお父さんに褒められることほど嬉しいものってないんですよ」
「そういうものか?」
「そうじゃないですか」
そうなのか?
そうか?
自分は?
父親はほとんど家にいることがなく、顔を合わせたのは数回程度だ。
それで父親といえるのかどうかは疑問だが、現実、父親であることに変りはない。
だけど、彼を父として認識するには時間が掛かった。
そのせいで、父親の仕事よりも母親の仕事に興味があった。
だから音楽の道に進んだのだ。
だけど、圭はどうだろう?
自分の場合はかおりも音楽家だ。
だから音楽、なのだろうけど……。
「男の子にとっての父親は永遠のライバルですからね」
考え込んでしまっている圭一郎を横目に、小林は笑顔を見せ立ち去る。
本番前のステージ袖は戦争だ。
あちこちで楽器の調整をしている楽団員。
ステージ調整をしているスタッフ。
そして。
圭がいた。
彼はヴァイオリンを片手にぼんやりと天を仰いでいる。
「圭」
声をかけると、彼は迷惑そうに視線を戻した。
「邪魔するなよ。本番前のイメトレ中」
「そんなことしているの?お前」
「うるさいな。あんたには関係ないだろう」
仲良くしようと思っても難しい。
自分もどうしていいか分からないし。
圭の気持ちもよく分からない。
こういうとき、父親ならなんと言うものなのだろう?
分からない。
しかし、音楽家の先輩としてなら言えることが一つある。
「余計なことは考えるな。後はおれに任せろ」
「な、なに言って」
「いろいろ考えられると適わない。適当にやれ」
なんだか言いたそうにしている圭だったが、じっと圭一郎を見てからため息を吐く。
「分かったよ。あんたに任せる」
「嬉しいね。任せられた」
「頼りないな」
「そう言うな」
視線を外して、圭は呟く。
「おれは音楽家としてのあんたが好きだ。だけど、おやじだとは思ってないから」
ぷいっと方向を替え、小林のところに歩いて行く息子。
苦笑した。
「父親としてはまだまだなのかぁ……」
音楽家として認められるよりも、なによりも。
父親として認められたい。
「時間が掛かりそうだなぁ」
側にある椅子に腰を下ろすと、スタッフの一人が顔を出した。
「マエストロ。そろそろ時間です」
「はいよ」
父親として認められないのなら、認められている音楽家としての責任を果たすまでだ。
初めての競演。
絶対に楽しいものにしてみせる。
「圭によかったって言わせるぞ」
スタッフは首を傾げるが、彼は満面の笑みを見せ立ち上がった。
「どれ!始めるとしようじゃないか」
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