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66.スコア6
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「幼稚園に入る前から楽譜は見ていた。家には絵本なんてそんなになくて。ほとんど楽譜ばっかだった」
一般家庭では想像もつかないことだ。
笑ってしまう。
「昔、父さんの大切なオーケストラのスコアに落書きしたことがあったんだ」
「え?」
「オーケストラのスコア、えっと楽譜のことね。それって膨大なんだよ。なにせ、あの楽器全部の動きが記されているものだからね。ヴァイオリン1本とは訳が違う。大切な約束ごととかが記されている楽譜におれは真っ赤なクレヨンで絵を描いた」
圭は床に座り込んで笑う。
「どうしたの?」
「もう本番だって言う朝に母さんが見つけて大騒ぎ」
「それはそうだよね」
蒼も彼の隣に体育座りをする。
「その騒ぎように『大変なことしちゃった』って思ったんだけど、素直になれなくて。黙っていた。父さんに怒られるだろうなって思いつつも罪悪感がいっぱいで。だけど、父さんは怒りもしないで、おれの頭を撫でたんだ」
『でかしたぞ!さすがおれの息子だ』
その時、圭一郎はそう言った。
すっかり忘れていたけど、先日、競演したときに思い出した。
『なに言っているの!あなた!』
焦るかおりに彼はこう言った。
『スコアはただの紙切れに過ぎないだろう!圭はよく分かっている。本当のスコアはおれの頭の中だ』
「本当に破天荒な親父だよ」
「でも……」
「そう。音楽家としては最高の男だよ」
蒼は嬉しい。
最近の圭は変った。
圭一郎と歩み寄りをしている気がする。
きっと、自分も同じ舞台に立ったことで卑屈な思いが消えたのだろう。
嬉しいことだ。
不器用な音楽家たち。
どうやったら歩み寄るのかもどかしかったけど、蒼がなにもしなくてもちゃんと親子は分かり合っているのだから。
「いいね。圭のお父さん」
「まあねえ。変人なところは変えようもないけどね」
圭は豪快に笑い、そして蒼を見る。
「それよりも、そろそろ白状したらどうなの?蒼」
「へ?」
どっきりする。
白状って?
「蒼が急に楽譜を見たいなんて変だよ~。なに?なに企んでる?」
「企んでなんて。ただ星野さんに……」
そこまで言ってはっと口を押さえる。
しかし遅い。
「星野さんがどうしたの?」
蒼はもごもごして言葉を濁す。
「いや……別にぃ……」
「蒼!隠し事はなしだろう?」
そう言われると弱い。
蒼はいいにくそうに昼間の出来事を話す。
「って言うわけで、圭の楽譜をちょろまかしてこいって言うから」
怒られる。
大切な楽譜なのに。
そう思った。
だけど、圭は爆笑している。
「星野さん!本当によくもまあ、そういう下らないことを思いつくんだろう?」
「し、知らないよ。おれにだって。星野さんの思考は理解しがたい」
「だよねえ。いいんじゃん。面白い。一冊出してみるか」
彼はそういうとメンデルスゾーンの楽譜を蒼に渡した。
「え!これは」
「いいじゃん。おれも、もうここに入っているし」
彼はそういうと頭を指差す。
「楽譜はいつまでもここにしまっておいても意味がないよ。音にしないといけないんだしね。それに、音にするにはおれがいれば十分。そうだろう?」
圭は。
やっぱり圭一郎の息子なのだ。
しっかりまっすぐに音楽家としての道を歩いているのだろう。
蒼はそんな彼が誇らしく思える。
「でも、星野さんの言いなりになんかなるのは癪に触る……」
「そういうなよ。その三浦って人にバラされるのが遅れるんだろう?いいじゃないの」
「圭」
戸惑っている蒼。
それをよそ目に圭は立ち上がる。
「蒼はあんまりこの部屋に来てくれないんだもんな~」
「だ、だって。邪魔しちゃ悪いと思って」
「せっかく来てくれたんだし。今度の曲、聞いてもらって意見もらおうかな?」
「ええ?おれが?」
「うん。蒼の意見が一番参考になるよ」
そんなことを言われると緊張してしまう。
蒼はまごまごしてそこに座りなおした。
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