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67.家出4
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いつもだったら大概、彼の行動は知らされている。
だけど、今日は違った。
朝も会わなかったし。
昨晩も大した話もしなかった。
今日は自宅にいるのだろうか?
それとも?
仕事は遅番。
それを終えて、まっすぐに帰る。
自転車でゆっくり。
一人でもんもんしていたから、どんな顔をして帰ったらいいのか分からないのだ。
情けなくなってしまう。
「ただいま~……」
力なく玄関の戸を横に引くと、目が点になる。
「あら。お帰りなさい」
そこには昨日の女性。
東野が立っていた。
彼女はタオルを肩からさげ、にこやかにしている。
「お風呂いただきました。ありがとうございます」
「あ、えっと。はい」
言葉に詰まっておろおろしていると、圭が顔を出す。
「蒼!お帰り。ごめん。練習がなかなか時間かかちゃって。今晩、泊まってもらってもいいかな?」
「あ、っと。う、うん。いいと思う。部屋もあるし」
「よかった」
全然よくないし。
なに、このシチュエーション。
ドキドキしてきた。
「蒼が帰ってくるの待ってたんだ~。夕食食べよう」
「う、うん」
圭に腕を引かれて室内に上がるが、心ここにあらずだ。
呆然としていた。
「圭くん、料理が出来るなんてすごいね」
「そんなことないよ。留学していた時に一人暮らししていたからね。それで覚えて」
「どこに留学していたの?」
「えっとドイツとか」
「本当!あたしもドイツには半年くらいいたの。どの辺りだったの?」
キッチンに姿を消す圭に続いて東野は嬉しそうに駆けていった。
「ぶ~。なんだよ~、あれ」
どうせ自分はドイツなんかこの前のコンクールの時に行っただけですよ。
蒼はご機嫌が斜めになる。
彼の心情を察してか?
けだもは寄り付かない。
寝室に入り、もんもんしながらスーツを脱ぐ。
仕事で疲れているんだから、自宅で寛ぎの時間をくれ!
そう思う。
これなら圭が不在の方がまだましだ。
こんなストレスがかかるのは最悪だ。
蒼にストレスは禁物。
気管支の違和感に慌てる。
せっかく薬で調子がいいんだから。
またぶり返すのは嫌だ。
しばらくは安定した生活をしていたから、自分が喘息だってことを忘れるくらい調子が良かった。
こういう時だけ思い出すなんて最悪。
首を横に振って蒼はため息を吐く。
すると、いきなり東野が顔を出した。
「蒼さん、ご飯ですって」
「は!え、えっと。はい」
おろおろしてネクタイを緩める手を止める。
しかし、彼女は大して気にしていない様子。
お構いなしに中に入ってくる。
「蒼さんって圭くんと一緒に住んでいるんですってね」
「え!え、そ、そう、ですけど」
笑顔の彼女はそのまま彼のことをじろじろ見下ろす。
見下ろすと言う言葉が適当だろう。
なにせ彼女のほうが長身なのだから。
「な、なんですか?」
「いえ」
瞳を細め、彼女は笑った。
「圭くん。今世界に飛び出そうとしているんですよ。だから、蒼さんは彼のことをこんな場所に繋がないでくださいね」
一瞬。
なにを言われたのか理解できない。
瞬きをして彼女を見つめる。
「え……」
「あなたが枷になっているんじゃないですか?このままだと彼。成長できませんよ?」
口から飛び出す言葉は恐いものばかりなのに、彼女の微笑みは優しいものだった。
「え?」
「あなたがいるから。活動拠点を縮小しているんだって言っていました。そんな甘っちょろいことを言っていたらどんどんおいていかれますよ。この世界は。新しい人材が続々に登場しているんですから」
長い手が伸びてきて呆然としている蒼の頬に触れる。
「分かります?この意味」
「……」
「足を引っ張る存在なんて。本当にそれでも恋人なんですか?」
ショックで言葉もない。
ただ彼女を見上げる。
「すみません。それだけお話したかったので」
愛らしい笑みを見せ、彼女は部屋を出ようとする。
蒼は「あの」と声を上げた。
「はい?」
「あ、あの。おれ。今日はちょっと。友達のところに行くので。あの。圭のこと、宜しくお願いします」
「蒼さん?」
「ご、ごめんなさい」
蒼は慌てて部屋を出た。
知っていた。
自分でも。
圭と近くなればなるほど。
彼が音楽を我慢して自分の側にいようと努力をしてくれているってこと。
心苦しく思っていた。
だけど、その反面で、そうしてくれている彼を嬉しく思っていた。
自分はなんて思い上がりをしていたのだろう。
自分のせいで、彼が小さい頃から目指していたものを我慢させるなんて。
いつの間にか我が侭になっていた自分がバカらしくて嫌な人間に思えた。
東野の言う通りだ。
恋人なら、その人の成功のために応援して支えるべきなのだ。
それが逆に足を引っ張る存在になっているなんて。
がっかりする。
うすうすは感じていたことを突きつけられて余計にショッキングだった。
どうしよう。
自分は。
どうしようもない。
悲しくて涙が出た。
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