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67.家出8
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「聞いているんですか!圭くん!!」
目の前で怒鳴る高塚が憎らしい。
「聞いているって!うるさいんだよ!お前!!」
「そんなに怒らないでよ!おれだって一生懸命にやっているんだから!」
なんでこんな言い合いにならないといけないのだろう。
圭はため息を吐いて視線をそむける。
「蒼くんのことが心配でしょうけど、仕事をキャンセルする訳にはいかないんだからね」
彼はスケジュールを突きつける。
「東野さん。星音堂リサイタルの前にもう一つのリサイタルの伴奏まで急遽引き受けてくれたんだから!このリサイタルもしっかりしてよね!」
「東野、東野ってうるさいんだよ!」
今日は隣県にあるホールでのリサイタル。
伴奏者は地元の人で調達していたはずだったが、急遽ダメになったので、練習をしていた彼女が抜擢されたのだ。
彼女も忙しい身だが、今回ばかりはスケジュールを無理やり調整してもらっていた。
だけど、圭は気が重い。
蒼が家出をしたのが彼女のせいとは言い切れない。
しかし、彼女と話をした後に出て行ったのは事実だ。
また女だ。
女がからむとめんどくさいことになる。
圭にとって女性と言うのは、普通の男性が考える女性とは少し違う存在だ。
もともと男が好きとかそういうのではないけど、蒼以外の人間は性別関係なく恋愛の対象にはなりえないと思っている。
綺麗な女性。
可愛い女性。
あんまり興味はない。
蒼からしたら「女性=恋愛対象」みたいなところがあるみたいだけど、圭からしたらそういう概念はないのだ。
彼女を自宅の練習室に入れるのもどうかと思っていたが、今回の件の練習は時間もなかったし仕方がないのだ。
夜中まで利用できる練習施設なんて田舎にはあるわけないし。
自宅にあるのであればそれを利用してしまおう。
そう思ったのが甘かった。
切羽詰っていたせいで蒼の性格を考慮するのを忘れてしまっていたのだ。
気付いたときは後の祭りである。
きっともんもんして悩んでいたのだろう。
冷静になってみれば手に取るように分かるとこでも、あの時は大して気にもしていなかった。
「東野さんとなにがあったのかは知らないけどね。ともかく。明日のリサイタルは成功させてよね。プロなんだから。仕事はきっちりしていただきます!」
それだけ言うと彼はステージを見に控え室を出て行った。
「はいはい。おれはプロですからねえ」
頬杖をついてため息が出る。
家出なんて初めてだ。
遊び歩いて所在不明は何度もあるけど。
こういう家出は初めて。
蒼だって社会人だ。
きっちり責任を持って生きている人間。
容易に自分の生活を投げ出したりすることはない人間なのに。
家出をした翌日。
仕事には出るだろうと踏んで星音堂に連絡をした。
星野にこっぴどく叱られた。
蒼は無断欠勤をしていると。
今日も電話したけど、休んでいると言うことだった。
蒼が家出をした夜、ある程度心当たりを探したが彼はいなかった。
だけど、仕事には出るだろうと思っていたので、とんだ肩透かしだった。
仕事に行けば自分に見付かる。
そう思っているのか?
それとも仕事にも行けないなにか理由があるのだろうか?
いろいろ考えても焦りばかりだ。
こんなところにはいられないと心のどこかで叫んでいる自分がいる。
だけど、自分の演奏会を楽しみにして集まってくれている人たちを裏切ることなんて到底出来ない。
イライラして仕方がなかった。
どうしようもない。
蒼のこと。
大切にしているのに。
どうしてこんなことになっているのだろう。
一度、すごく辛い思いをさせたから。
そんなことはないようにって注意してきたのに。
忙しくて気が回っていなかったのか?
自分で思い返してみて。
どう考えても東野を自宅に上げたこと以外、心当たりは見当たらない。
それだけでこんなひどい家出に発展するだろうか?
いつも側にいたのに。
蒼がなにを考えていたのか、ちっとも見当がつかなかった。
身体は側にいても、心は離れていたとでも言うのだろうか。
悔やみたくとも、なにを悔やんだらいいのか分からずにただため息を吐くしかなかった。
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