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68.置いてきぼり3
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「ミハエルは変らなかった。いくら売れようと、有名になろうと。いつも同じくあたしの側にいてくれたの。だけど、変ったのはあたし。なにもかもが信じられなくて、ミハエルの優しさが嫌だった。しばらくは頑張ったけど、一緒にいたら、あたしも彼もダメになるって思ったの。だから引退して日本に帰って来た」
ミハエルは変らなかった?
自分は?
自分が桜?
なにもかも信じられなくて。
なにも変らない圭を信じられなかった。
なにも変っていないのだろうか?
彼は。
変ったのは自分なのだろうか?
いや。
違う。
自分は……。
ごちゃごちゃになって苦しくなる。
数日、なにも食べていないせいか思考も回らない。
「蒼?」
急に泣き出した蒼にびっくりする桜。
「おれが、足手まといなんです。おれ。圭が世界に出ようとしているのに。おれがいるから。あいつ、自由に活動できなくて。日本にいなくちゃいけなくなって。きっと、世界に出ればもっと活躍も出来て」
彼女は蒼の肩に手を当てる。
「桜さん。そうなんでしょう?世界に出て有名になってみんなに愛される音楽家になるのが夢なんでしょう?圭もそうでしょう?桜さんもそうだったもの」
ぐしゅぐしゅ泣いている蒼の横顔を見て、桜は呆れたようにため息を吐く。
そして急に大きな声で蒼を怒鳴る。
「このお馬鹿っ!あんた何様のつもりしてんのよッ!」
蒼はビックリして声を潜める。
「あんたのせいであいつが世界に出ないなんてことはこれっぽっちもないよ。音楽活動なんてね。世界に出たからっていいもんでもないの。有名になる?名誉が欲しい?それだって日本にいたって十分勝ち取ることは出来るよ」
軽く息を吐き、彼女は微笑む。
「あたしは本当に引退しただけ。日本にいても大丈夫なの。どこを拠点にしても結果は同じよ。あんただって分かるでしょう?」
「桜さん……」
「卑屈になるのは辞めなさい。それこそお荷物よ。捨てられるときは捨てられるんだから。はっきり言われてから落ち込みなさいよ」
「お荷物」
「お荷物でしょう?側でうじうじされていたのでは。あんたが家出してから仕事も手に着かないみたいよ?」
おろおろしている蒼。
桜はもどかしくて、彼の肩を掴む。
「もう!しっかりなさい!男でしょう?」
「桜さん、おれ。いい気になっていたのかな?」
「そうよ。全く。蒼のクセに生意気でしょう?いい気なもんね。圭のことを心配して身を引こうだなんて女々しすぎて涙もでないよ。あんたもそうだけど、圭もそうね。あんたに余計な心配をかけさせるなんて100年早いって言うの」
「すみません……」
「すみませんじゃないよ」
蒼の襟首を掴まえて桜は引っ張る。
「わわ!」
「もう!だから!こ汚いっつーの!野木!ちょっと。この子お風呂に入れてきてよ!」
ちらほら常連も来はじめていたので、彼はその相手をしていたが、桜に呼ばれて寄ってくる。
「どれ。野良猫の面倒でも見てやるか。おれは何でも屋だからな」
「野木さん」
「ほれ」
桜からバトンタッチした野木はずるずる蒼を引きずる。
「お前、仕事大丈夫なのか?その調子だと無断欠勤だろう?解雇されて路頭に迷ったらおれの弟子になれよ~」
「おい!勝手に従業員を増やすなよ!」
桜はぶうぶう文句を言う。
「すいません!社長!!」
冗談交じりに奥に消えていく二人を見つめてほっとした。
「あんたたちはあたしみたいになってもらいたくないからね。まったく。ヒヤヒヤさせんなよな」
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