アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
68.置いてきぼり6
-
「ごめん。おれ、なにも知らなくて」
「ううん。あたしのお節介。本当に嫌になっちゃうね。みんながみんな、あたしみたいに不幸になる訳ないのにね」
涙目の東野。
圭は静かに切り出す。
「大丈夫だよ。おれは大丈夫」
「圭くん」
「おれも置いてかれた人間の気持ちは散々分かっているからね」
「……」
「父親にも母親にも置いていかれた。分かっている。おれは絶対に蒼を置いていったりしないから」
「でも。みんなそう言うよ。最初は。絶対に置いていくなんてことしないって。でも、人はみんなそう。裏切る」
ひしひしと伝わる彼女の言葉は、彼女が今までに受けてきた仕打ちを感じさせた。
だけど、圭は怯まない。
「キミにも誓うよ。おれは蒼を裏切ることはしない」
「だって。じゃあ、どうするの?もし世界で名声を得られるチャンスと蒼さんとどっちかしかもらえないとしたら」
「もちろん。蒼を取る」
迷うことはない。
天秤にかけるほどのことでもない。
「圭くん」
「名声も名誉なんてものも一時のものだ。おれは蒼がいてくれればいいと思っている。蒼さえいてくれたら音楽も続けていけると思う。音楽をやるのに場所なんて関係ないじゃないか?」
ふと薄暗い、汚れた店で煙草をふかしている桜を思い出す。
「いいんだよ。おれは」
圭一郎みたいになりたいと思うのは確か。
だけど、それは彼みたいに世界中から注目されたい存在になりたいってことじゃないんだ。
彼みたいに音楽と真摯に向き合い、音楽を愛する音楽家になりたい。
そういう意味だから。
圭一郎は尊敬している。
だけど、彼とは対照的な立場にいる桜も尊敬しているのだ。
二人は立場こそ違え、音楽に対する思いは一緒だ。
その根本になる姿勢、思いに共感しているのだ。
「大勢の人に認められるよりも、誰か一人に認めてもらえればいい。そうだろう?東野」
圭の言葉にじっとしていた東野は、しばらく黙っていたが、すぐに微笑む。
「本当ね」
彼女はおかしそうに笑い続けた。
「本当に。あたしバカみたいね。あの人と同じところに行こうとばっかりして。なにもかも見失ってしまっていたみたい。同じところになんか行かなくても一緒にいられることは出来たのに」
「今からでは?」
「もう遅いかな。……でもなんだか声が聴きたくなっちゃった。電話してみようかな?」
「そのほうがいい。待っているかも知れないよ」
「そんな訳ないわよ」
苦笑していると、控え室の扉がノックされる。
顔を出したのは彼女のマネージャーである二階堂。
「美鈴ちゃん、花束来ているよ。すごい人から」
彼は嬉しそうに花束を差し出す。
「すごい人?」
「誰だと思う?あの川越先生だよ」
中年の彼は人のよさそうな笑顔を見せてから、その花束を渡す。
大きな百合の花束だった。
川越。
圭は嫌な名前に舌打ちをする。
しかし、彼女は本当に嬉しそうにそれを受け取る。
「覚えていてくれたんだ……」
「今日は美鈴ちゃんのお誕生日だからね」
そうだったのか。
って?
へ?
圭は瞬きをして思考を整理する。
「東野の相手って……川越!?」
「圭くん、先生のこと知っているの?」
知っているもなにも。
嫌いですとは言い難い。
笑ってごまかす。
あいつならやりかねないな。
ふと思った。
思いやりのかけらもない男だ。
一度諦めたんだから、やめておけ。
そう言いたいところだけど、水を差すようで悪い。
圭は黙り込んだ。
「圭くんの言う通りだね。電話してみようかな」
「……そ、そうだな」
圭は大きくため息を吐いた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
512 / 869