アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
69.別れ3
-
「じゃあ、よろしくお願いします」
圭はけだもの入ったケースを桜に手渡す。
彼女は顔をしかめる。
「なんで家に持ってくんだよ~。家は飲食店なんだぞ?動物は困るんだよねえ」
「衛生面に気を使っているようには到底見えないんですけど」
「お前、本当に生意気だな」
モップを片手に野木が怒る。
「見ろ!おれは綺麗好きなんだ。毎日、念入りに掃除もしてるしな……」
ぶうぶう文句を言う野木は置いておいて。
圭は桜を見る。
「すみません。蒼がいなくなっちゃったんで。けだもの面倒を見てくれる人がいなくって。頼れるのは桜さんだけですから」
煙草をふかす彼女は笑う。
「あんた、口ばっかうまくなって。猫の面倒以外のことをする気はないよ」
「すみません」
ケースの隙間から手を出して遊んでいるけだも。
その手を人差し指でつつきながら桜は続ける。
「いい機会だから言っておく。なにかを手に入れればなにかを失う。なんでも手に入れるなんてことは不可能なんだ」
圭は瞬きをして彼女を見る。
「あんたにもいずれ決めなくちゃいけないときが来るよ。いや、もしかしたらもうその時期なのかも知れないね」
「桜さん。それはどういう意味ですか?」
「別に。そのままの意味だよ」
煙草を灰皿に押しつける。
「音楽の世界での栄光と蒼と。どっちを取るのか。ちゃんと決めてるのかってこと」
栄光と蒼と。
栄光ってなんだ。
「まあ生きていくためには仕事が必要だけどね」
桜はため息を吐く。
「難しい世界だねえ。仕事が増えればそれに伴って栄光やら名誉やらが付き纏う。留まりたい場所に留まらせてくれない。勝手に流されていくもんだよ」
それは自分のことなのか?
それとも圭のことなのか?
桜は憂いを帯びた視線を伏せる。
「ちゃんとしな。しっかり自分で決めておかないと、思ってもみない方向に事態は転がっていくよ」
「桜さん」
「あんたが音楽に求めるものってなに?なにを目指す?しっかり決めてきな。それが交換条件だ。ね~。けだも」
彼女は笑顔を見せ、ケースの扉を開く。
けだもは嬉しそうに飛び出してあちこちを物色していた。
くんくん匂いを嗅ぎ、確認しているのだろう。
初めての場所だと分かるとおろおろするものだが。
彼はそわそわあちこちを見て、それから店の奥に入っていった。
「おやおや。お気に入りのにおいでも見つけたのかしらね?」
馴染めるかどうか心配だったけど、問題はないみたいだ。
圭は内心ほっとした。
ここには彼の馴染みの香りは一つもないはずなのだから。
気に食わなかったらどうしようかと思っていたのだ。
「ありがとうございます。もう答えは出掛かっているんですけどね。もう一回きちんと考えてきます」
「物分りがいい弟子でなにより」
彼女は苦笑し、再び煙草に火をつけた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
517 / 869