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70.長い夜2
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事務室まで引っ張られて行った蒼は、到着するや否や放り出された。
「わわッ!」
バランスを崩して側の机に手を着く。
「あれ~?」
「蒼じゃねえの」
「どうした、どうした。このサボり魔め」
気まずそうに顔を上げると、みんなはにこにこして蒼を見ていた。
「あ、あの」
言葉が出てこない。
自分がいなかった分、みんなに迷惑をかけただろうと言うことはよく分かっている。
一人でも抜けてしまうと遅番が回ってくる確立も高くなるわけだし。
ただ頭を下げてみるけど、なにも言えない自分が歯がゆかった。
「今日から蒼が復帰だ」
水野谷は愉快そうに笑い蒼の首根っこを掴まえる。
「ひゃ」
「みんなに提案なんだが……、蒼が休んでいた間、随分苦労させられたよな」
彼の言葉に「そんなことは……」と言いかける三浦の口を塞いで、吉田が声を上げる。
「本当に大変でしたよ~」
「本当だ。全く、お前は本当に迷惑ばっかりかけさせやがる」
星野も頷く。
「す、すみません」
「一人前の職員が抜けるって本当に損失以外のなにものでもないな」
氏家の言葉に蒼は瞬きをする。
「い、一人前?」
「そうだろう?お前。いつまでもお荷物気分では困るぞ」
「お前の仕事、ちゃんと割り当てられているんだから。責任持ってもらわないと」
「もうやんねえぞ。お前の尻拭いなんておれはごめんだからな」
星野は悪態をつく。
自分の仕事。
自分はここの職員の一人として認めてもらっていると言うことか?
それに、もうやらないぞって。
「戻ってきたならさっさと仕事をやらせてくださいよ~。課長。おれらと約束したじゃないですか」
「約束?」
尾形を見て、それから水野谷を見る。
水野谷は蒼に笑顔を向ける。
「お前が勝手に休暇を取っていた間にみんなで相談したんだ。お前が戻ってくるまでの間、穴埋めする分、帰ってきたら自分の仕事を蒼に押し付けてもいいって話」
「え!え!?あ、あの」
「それくらい当然だろ~」
「そうそう」
「蒼には頑張ってもらわないとね」
「星音堂に欠かせない職員なんだからよ」
一人、一人の言葉はなんだか胸にじんわり染み渡る。
酷いことを言っているようでも、みんな笑顔で蒼を見守ってくれていた。
「おれ……。いいんですか?ここに戻ってきても」
おろおろして周囲を見渡すと、星野が声を上げる。
「戻るもなにも。お前はここの子だろう?なに生意気なこと言ってんだって。お前は退職までここでコキ使われる運命なの」
「星野さん……」
蒼は泣き出す。
なにもかもが信じられなくなっていた。
圭に必要とされなくなって、自分はいらない子だと思い込んでいた。
悪い癖だ。
周りではこんなに暖かく蒼を見守ってくれているのに。
なに考えていたんだろう?
自分には元々、この人たちがいてくれたではないか。
圭に会う前から。
自分は星音堂に就職して素敵な人に回り逢った。
それでいいではないか。
「すみません!おれ、今日から頑張ります!!」
蒼はもう一度、深く頭を下げた。
「いい心がけだ」
水野谷は蒼の頭をぽんっと叩いてから大きな声を上げる。
「と、言うことで。決まりだな」
「へ?」
「よかったですね~。課長」
「おれらも万々歳ですよ」
吉田や尾形まで口をそろえて喜んでいる。
「どういうことですか?」
「え?お前言ったよな?仕事頑張るって。なんでもしますって」
「なんでもしますなんて……」
言っていない気がするが……。
「今年の市制100周年記念音楽祭の担当になってもらうから」
「な?え?だって、企画とかは吉田さんと高田さんが……」
そこで高田が口を挟む。
「そうなんだけどさ。おれらは星音堂の記念事業で忙しいんだよ。だから、新たに窓口になる職員を決めようってことになってさ」
「おれも担当っす!蒼ちゃん♪」
三浦は嬉しそうに手を振る。
「え?」
「大丈夫だ。企画運営は本庁の市制100周年記念事業推進室が担当するんだから。お前は星音堂の担当で協力をするって形だ。言われたことだけこなせばいい」
水野谷も嬉しそうだ。
ちょっと待て。
そんな楽な仕事だったら他の職員が我先にと引き受けるはずだ。
それが最後まで残っていて、しかも、休んでいる蒼に押し付けようと言う魂胆になっていたと言うことは。
結構めんどくさい仕事なのではないのだろうか??
蒼は水野谷を見る。
「課長……」
「お前を信頼している。だから任せるんだ。頼んだぞ。蒼」
頼りにされて嬉しいのは山々だけど、なんだか釈然としないのは気のせいなのだろうか。
きゃぴきゃぴ騒いでいる三浦を見ると、余計に心が重くなる蒼であった。
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