アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
70.長い夜12
-
「喧嘩ってなんですか?そんなに深刻なんですか?」
「ううん。深刻でもなんでもないんだと思う。大した喧嘩じゃないんだ。むしろ、喧嘩なんかじゃない。おれが勝手に飛び出しちゃって」
「なにかあったんですか?」
「う~ん。なにかあったって言ったらあったけど、ないって言えばなにもないかな?」
「それじゃ意味がわかんないっすよ~!」
一人でもんもんしている三浦。
気の毒だ。
「なにもないの。ただ」
「ただ?」
「ただね。一人で悩んでいた。圭は世界に飛び出す新進気鋭の音楽家なのに、おれが日本に引き止めていていいのかなって。そう考えたら別れたほうがいいのかなって思うようになって」
こうして言葉にしてしまうとなんてことないことだった。
たったそれだけのこと。
なのに、自分はものすごく悩んでいたのだ。
だけど、三浦は腕を組んで首を傾げている。
「でもそれってやっぱりおかしいっす」
「どうして?」
「だって。それって本当に蒼ちゃんのしたいことなんでしょうか」
「おれのしたいこと?」
「その関口さんはどうしたいんっすか?蒼ちゃんはどうしたいんっすか?」
そんなことを聞かれても分からない。
蒼は黙り込む。
「ちゃんと蒼ちゃんはその関口さんと膝を着き合わせて話をするべきです」
「そんなこと。分かっているけど……」
「分かっているならちゃんとやったほうがいい」
なんだよ。
偉そうに。
釈然としない。
蒼は顔を上げる。
しかし、三浦は一生懸命な顔をしていた。
こんな顔、仕事では見られない。
瞬きをしていると、不意に伸びてきた腕で肩をつかまれ、引き寄せられた。
「へ?」
なんだ、このシチュエーション。
蒼は焦る。
三浦にぎゅ~っとされるなんて思っても見なかった。
蒼よりも長身の彼。
圭よりは小さいけど、大きいことには変わりない。
抱き締められてしまうと身動きが取れなかった。
「三浦?」
「こうしてぎゅ~っとしていて伝わることって多いけど、それって難しい問題で。言葉で一生懸命に説明しても難しい問題で」
だから?
「だから。こうしてぎゅ~ってして、それから自分の思いをきちんと伝えれば相手もわかってくれるし、お互いのことがよく分かるんです」
そんなの。
知っている。
だけど、自分はしなかった。
圭と直接話しをしたわけではない。
ただ、東野の言った言葉を鵜呑みにして飛び出した。
圭とは話をしていない。
ぎゅ~ってしていない。
なにもしていないのだ。
やっぱり独りよがりなんだなって感じた。
圭。
困っているだろうな。
訳が分からなくなっていると思う。
自分には悪いところがないのに。
勝手に飛び出されたのだから。
三浦の温もりに、なんだかほっとした。
思わず瞳を閉じる。
「暖かいな。三浦は」
軽く息を吐く。
三浦はなにも言わなかったけど、もう分かっていた。
彼が心配してくれていたってこと。
自分を元気付けようとしてくれていたってこと。
今回もまた、たくさんの人に迷惑をかけた。
どれだけお騒がせなんだろう。
桜にも、野木にも、水野谷にも、星野にも、吉田にも……。
そして三浦にまで。
教育係として失格だ。
逆に心配をかけているのだから。
そう思うと、急激に疲労に襲われた。
疲れた。
もやもや一人で悩んでいるのもバカみたいに思えたし。
あんまり考えなくてもいいのかな?
そんなに一人で悩まなくてもいいのかな?
朦朧としてしまった思考は止まっていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
532 / 869