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71.憂鬱な旅5
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夜の打ち合わせはすんなり終わった。
圭も大人しいし、少なからず事情を知っているショルとレオーネも配慮してくれていたらしい。
いつもの憎まれ口は少なかった。
今回のイギリス公演は、もう一人の入賞者であるビクトリア=フリーマンの凱旋コンサートである。
彼女は19歳。
まだまだ若い期待の新星である。
朗らかなビクトリア。
ピリピリしたムードもものともせず、打ち合わせを終えてから声を上げる。
『みんなで夕食でも食べに行きません?私の知っているお店を予約してあるんです』
『お、いいね~。気が利くね』
話に乗ったのはレオーネ。
『みんなも行くだろう?』
『おれは……』
圭が辞退しようとすると、ショルがそれを遮る。
『みんなで行こう!ロンドンの店は品がいいからな!』
強引だ。
乗り気じゃないんだってば。
圭はあからさまに嫌そうな顔をするが、ショルはそ知らぬふりだ。
腕を掴んでさっさと連れ出す。
『行きましょう』
ビクトリアの笑顔が恐い。
このメンバーでディナーはろくなことがないだろう。
圭はがっくりうなだれていた。
こういう世界に飛び込むと一緒にいられるかどうかって言うことは問題外なのかも知れない。
父親と母親のことを考えてみる。
どっちも世界を飛び回っていて、日本に揃って帰ってくることは年に数回程度だ。
子どもと会うことも少ないし。
夫婦の会話とかどうしているのだろうか?
お互い、好きな世界で生きている人だから不便はないのかも知れない。
ドライな関係?
いや。
そうは思えない。
二人を見ていると、べたべたして子どもの目から見ても気味が悪いくらい。
離れている時間があるからこそ、新鮮なのかも知れない。
だけど、自分はそういうことは嫌だから。
どうしても側にいたいと思う。
エレベーターを降りて、ロビーに視線をやると、レオーネがお茶をしているところだった。
彼が一人と言うのは珍しい気がした。
前回のコンクールのときは、いつも相棒が側にいたと思った。
あの時だけ一緒にいただけで、別にいつも一緒にいるとは限らないと思うけど。
なんとなく違和感を覚えた。
新聞を読んでいる彼の元に足を運ぶ。
『おはよう』
『圭。おはよう。早いな』
『ここ、いい?』
『どうぞ』
大きな手で促されて、向側に座る。
『昨日は散々、ビクトリアに連れまわされた割にさっぱりした顔しているな』
『そういうお前こそ』
『おれはタフだけが取り柄だからさ』
彼は嬉しそうに笑った。
確かに。
コンクールのときは圭とブルーノを抱えて走ったくらいだ。
頷ける。
今、思えば可笑しな話だ。
思わず笑ってしまった。
『なんだよ?失礼な男だな』
『いや。悪い。確かになって思ったら可笑しくなったからさ』
『?』
圭はいつまでも笑いながら言葉を続ける。
『あの時さ。おれのこと抱えて走ったじゃん。今考えると可笑しな話だよな~って』
『あの時?』
『ほら。コンクールのときさ。おれとブルーノと』
ふとレオーネの顔色が曇る。
『そういえばあの子、どうしたの?』
あの子。
レオーネは新聞をたたむ。
『どうしたのって』
『セットなのかと思っていた』
『セットじゃないよ。あいつはあいつで立派なピアニストだ』
圭は瞳を細めて様子を伺う。
二人。
なにかあったに違いない。
人のプライベートにまで首を突っ込む趣味はない。
こういうのは蒼の得意分野だから。
『ふうん』
しかし、レオーネは圭に聞いてもらいたいと言うこともあるのだろう。
『おいおい。聞いてくれないの?』
『聞いてもらいたいの?』
『だからそういう顔していたんじゃないの』
圭は笑う。
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