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72.指環と契約と4
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新幹線を降り、その足でラプソディーに寄った。
けだもを引き取るからだ。
夕暮れの路地裏は暑い。
もう夕暮れとは言え、日中、十分に日の光を浴びて温まったアスファルトは高温。
湯気のような熱気がじんわりと上昇してきていた。
蝉の鳴き声も耳障りだし。
帰宅時間とも重なって、狭い路地には人が溢れていた。
むんっとした熱気は湿気を帯び、盆地特有の暑さをかもし出す。
からっと晴れてくれればましなのだろうけど。
じっとりとした暑さは、何年たっても慣れないものだ。
「暑ちぃ」
額の汗を拭い、ラプソディーの扉を開く。
「いらっしゃ……」
野木は言葉を途中でやめる。
違和感だ。
圭は首を傾げて中に入る。
「野木さん?」
「い、いや。お帰り」
「けだも、ありがとうございました」
「あ、ああ。猫ね。猫ちゃんね」
彼は不自然な笑みを浮かべて奥を見る。
「?」
意味が分からない。
「桜、ちょっと」
慌てたように声を上げると、彼女が奥から顔を出した。
「なんだい。ああ。帰ってきたの」
「どうも、お世話になりました。これ、けだもを預かってもらったお礼なんですけど」
お土産のお酒と煙草を手渡す。
桜は嬉しそうに受け取った。
「まあ、これじゃあ足りないくらい預かり物がたくさんあったんだけどさ」
「え?」
「今後のあんたたち次第ではチャラしてしてやってもいいんだけどねえ」
彼女は苦笑する。
「あんたちって……蒼?蒼のこと、なにか知っているんですか!?」
圭は慌てて桜の前のカウンターに手を着く。
一瞬、静かになった店内。
「野木さん、これ、どこに運ぶんですか?」
桜が出てきた扉から顔を出したのは蒼。
エプロンをしてビールケースを足元においていた。
「蒼!!」
今度はそちらに慌てて駆け寄る。
「け、圭?」
あまりの勢いに、蒼は圭を支えきれない。
突進されて、後ろに下がった彼だったけど、勢い余って二人は床に倒れ込んだ。
「わわ!」
「蒼~!!」
ぎゅ~っと抱き締めてみる。
本当に蒼だった。
ぎゅうぎゅうしてみた。
身体の具合。
ぴったりだ。
「圭、ちょっと……」
「だって。蒼だ。何日ぶりの蒼だ?」
「……」
蒼だって嬉しい。
こんなに彼が自分のことを心配してくれているなんて思ってもみなかったから。
少し落ち着くと、身体を離し蒼の頬に手を当てる。
「どこ行っていたの?おれ、心配したんだから!いい年して家出はないだろう!バカっ!」
怒られた。
「だって」
「だってじゃない!子どもじゃないんだから。なにかあったならきちんと話をしないとダメじゃないか」
「ごめん……」
「どこでなにしていたの?」
「……」
俯く蒼。
後ろにいた野木が口を開く。
「公園でホームレスみたいになっていたのをおれが見つけて拾ってきた」
「公園!?」
圭は呆れて蒼を見る。
「なにしてんだよ。蒼」
「……ごめん」
しゅんとするしかない。
迷惑をかけたりして悪いのは自分だから。
圭は悪くない。
圭になにかされたから飛び出した訳ではないのだから。
自分で勝手に飛び出しただけだから。
だけど、桜が口を挟む。
「今回の件は蒼だけが悪いんじゃないと思うよ」
「桜さん?」
圭は顔を上げる。
「圭も悪いよ。いくら仕事の付き合いだからって女の子を家に上げるバカがいるか?普通。蒼はナイーヴなんだから。それくらい分かるだろう?お前だって」
「それは。ごめん」
「あんたがしっかりしないから蒼が不安になるんだ」
「そ、そんなことはないんです。圭、そんなことないよ」
蒼は慌てて声を上げる。
「蒼はそうやって強がる子なんだから。分かっているんだろう?あんたは」
肩を竦める桜。
分かっている。
「分かっています。すみません。桜さん」
圭は蒼を見る。
「蒼も。ごめん。おれのせいだね。辛い思いばっかりさせて」
「ごめん。おれも。勝手に思い込みばっかりで。圭にも迷惑かけて。ごめん」
野木は桜を見る。
いつまで経っても話はきりがない。
桜は笑う。
「さあさあ、今日は帰った!しばらく面倒を見てやったツケは圭にも払ってもらうつもりだから。蒼も今日は帰りな。猫、待ってんでしょう?」
「桜さん」
「ほら。圭もぼさっとしてないで。さっさとこのお荷物持って行ってちょうだいよ」
「すみません」
圭は蒼の手を引いた。
「帰ろう。蒼」
「……うん」
エプロン姿のままの彼を引っ張り、圭はラプソディーを後にした。
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