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74.花火3
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「うん。いいね」
10分後。
どこで覚えたのか。
圭はさっさと蒼に浴衣を着せてくれていた。
自分で着付けておいて、満足しているのだろう。
彼は嬉しそうに蒼を眺めていた。
「一人でこれはなんだか恥ずかしいんですけど」
「いいじゃん。どうせ、花火大会のところに行けば、みんな着ているんだからさ」
「それはそうかも知れないけど……」
「ほら。もたもたしていると花火、始まっちゃうぞ」
「うん」
そうだった。
定時で帰ってきたとは言え、花火大会の会場までは少し距離がある。
けだもはお留守番でつまらないのか、2人が出て行くのをしょんぼり見ている。
「ごめんね。けだも。お土産持ってくるからね」
蒼は彼の頭を撫で、そして家を後にする。
花火大会の会場はここから車で数十分。
川辺が会場になっている。
河川敷では出店が出て大賑わいだ。
普通だったら車を止めるようなスペースはないが、今回ばかりは市が特設で駐車スペースを確保している。
そのスペースに停められないと、ちょっと大変なことになる。
そういう理由もあって2人は慌てていた。
駐車場は少し並んだものの、無事入れた。
2人はほっとする。
とりあえず、これをクリアできれば、後はのんびりだ。
しかし、そうも行かないようだった。
車を停めて束の間、すぐに花火の打ち上げが開始されたのだ。
蒼は慌てる。
「始まっちゃったよ!」
「そんなに慌てなくても……。花火はこれから1時間くらい続くんだし」
「でも」
こういうとき、蒼はせっかちだ。
ちょっと落ち着かせないと。
イベントごとではしゃいで怪我をする子どもと同じレベルだ。
わたわたと車を降りていく蒼。
自分も仕方なく外に出る。
ざわざわとした人々のざわめきと、花火の爆音。
なんだかくらくらした。
変に耳がいいのも困りものだ。
どうでもいい雑音は耳障り以外の何ものでもないからだ。
「蒼、ちゃんと手繋がないとはぐれるぞ」
「う、うん」
一人で歩き出しかけた彼は慌てて圭のところに戻ってくる。
そして彼の手を取った。
「ごめん。はぐれないように気をつける」
「いい心がけだ」
圭は微笑み、蒼を引っ張って歩き出す。
お店を眺めながら、もう少しゆっくり出来る場所を探す。
移動通路は人でごった返していた。
向こうに行く人と、戻ってくる人とで行き違いになるせいで、余計に混雑しているのだ。
蒼はつぶされていないだろうか?
女の子でもあるまいし。
平気か。
そう思いつつも人を掻き分けて前に進む。
「蒼?大丈夫?」
途中で声をかける。
彼はもごもご返事をしていた。
「大丈夫だけど、ちょっと、これ。すごいね」
「だから。素直にお父さんのところに行けばよかったんだよ」
そう。
実は数日前に熊谷家から「家の屋上で一緒に花火を見よう」とお誘いを受けていたのだ。
しかし、蒼は頑として話に乗らなかった。
蒼の真意はよく分からない。
こんな打ち上げ場所まで来るよりも、ちょっと離れた場所で見たほうがいいのではないかと思ってしまう。
だけど、蒼が一生懸命に頑張っていたから。
結局は蒼の意見に従うことにした。
栄一郎はガッカリしていたみたいだったけど、仕方がないだろう。
せっかくの楽しみにしていた花火大会だ。
蒼の好きなようにさせてあげよう。
そう思ったのだ。
蒼も同様である。
圭と二人で。
それが蒼の望みでもあった。
人がごちゃごちゃしていて、なんだかムードもへったくれもないけど。
こうして手を繋いでここにいることが幸せだった。
しかし。
そううまく行かないのがこの二人である。
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