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82.不幸はまだまだ続く5
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「話って?」
ネクタイを緩め、一人かけの椅子に座る。
圭は斜め脇のソファに座っていた。
「これ」
そういうと、彼は左腕の包帯を見せる。
蒼は目を見張った。
「ど、どうしたの?それ」
「へましちゃって。先日の廃品回収の手伝いのときに、割れた一升瓶で腕を切っちゃって」
「廃品回収って……」
昨日の話だ。
「傷は7センチくらい。縫合してもらっていて……」
「ちょっと!圭!」
蒼は慌てて彼の左手を取る。
が、衝撃で顔をしかめた彼。
蒼は手を引っ込める。
「ごめん!そんなに痛むの?」
「うん……。結構ね」
蒼は泣きそうだ。
涙をいっぱいためておろおろしている。
「ひどいね。痛いね。圭」
「蒼……。ごめん。心配ばっかりかけて」
「ううん、よかった。話してもらって」
椅子から立ち上がって、圭の側に座っていた蒼の頭を撫でる。
「圭のことだから黙っているつもりだったんじゃないの?どういう風の吹き回し?」
よく分かるものだ。
最初の頃は全く圭の実態を理解していなかった蒼だけど、さすがに分かってきているらしい。
なんだか嬉しいことでもある。
「星野さんにね。ちゃんとしなよって言われて」
「星野さんに会ったの?」
「うん。ちょうど、これを診てもらっている先生のところに星野さんが来てて」
「ぎっくり腰で早退したの」
「聞いた」
笑ってしまう。
「車椅子に乗せられていて」
圭の言葉に蒼は吹き出す。
「笑っちゃ失礼だね」
「でも、車椅子の星野さん、なかなかいい感じだったよ」
蒼はいつまでも笑っている。
「歩くのもままならないみたいだから、アパートまで送ってきた」
「大丈夫かな?」
「大丈夫だよ。油井くんに連絡していたみたいだから」
ああ、そっか……と蒼は呟く。
ぼんやりしている蒼を右手で抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。
「ごめんね。蒼にも嫌な思いさせることになって」
「ううん。いい。圭が辛いことはおれにとっても辛いことだもの。半分こ」
星野と同じことを言うのだな。
そう思った。
やっぱり、蒼には話してよかったのだ。
今日は久しぶりに二人きり。
高塚はショルたちの接待に行っている。
本当だったら、圭も行くはずだったが、勘弁してもらったのだ。
怪我のことをショルやピゼッティに話す気はない。
ただ。
蒼にだけは。
話してよかった。
「今日は二人切りだ。ゆっくりしようね。蒼」
「うん」
蒼も圭の背中に手を回す。
と、足元を引っ張られた。
「え?」
「にゃ~」
見ると、そこにはけだもがいる。
「あ、そっか。忘れるなって」
「確かに。二人と一匹だな」
「そうだね」
蒼はけだもを抱き上げ、そして圭を見る。
「心配だけど。おれ、見ているから。圭がどれくらい頑張っているかってこと。ちゃんと見るね。辛いけど、ちゃんと見る」
「大丈夫だよ。蒼」
そんな泣きそうな顔しないで。
「死ぬわけじゃないんだ。平気だ」
「でも」
「おれだってプロだってところ、見せるから。期待していて」
「……うん」
蒼はまた、圭の肩に額を着ける。
それを抱き締めて、圭は思う。
音楽家として。
ヴァイオリニストとして。
大きくなるためにはやらなければならないものがあると言うこと。
こなしてみせる。
マエストロの息子なんて肩書きをも吹き飛ばすくらい、自分を世間に認めさせてやる。
そして、こうして心配してくれている蒼が、また笑顔でいられるように。
自分はやらなければならないのだと言うこと。
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