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84.暗闇9
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「市制100周年の記念音楽祭が間近に迫っているから、様子を見に来たんだ。念には念を入れないと。おれの公務員人生、いや。市長の命運が掛かっている事業だからな」
そんな、大げさな。
圭は思う。
自分たちが音楽に命を掛けることと同じで、彼もまた、仕事に命をかけているのだろうけど。
「ふらふら出来るなんていい身分じゃないか」
「ふらふらだなんて」
視線を外す圭に釣られて、安齋は彼の腕を見る。
「そうだったな。やりたくても出来ないのだな」
吉田から聞いているのだろう。
圭はしゅんとした。
「ええ」
安齋はふむと頷いて圭の目の前に来る。
「人間には時期と言うものがあるのだ。その時期によって、やらねばならないことは変化する。待つと言うことも大切な仕事だぞ?」
それは。
分かっている。
分かっているけど。
「もどかしい。のだろう?」
図星。
「もどかしいです。こうなるって分かっていたくせに。いざ、そうなってみると、情けなくて」
「バカ野郎」
「!」
「男なら自分の言動に責任を持つことだな。自分で決めたことだ。自分で責任を取れ。間違っても人のせいにするなよ?最低な男がすることだ」
そんなこと。
知っている。
「プロなのだろう?お前は。体調管理もプロの仕事だ。しっかりな」
安齋はまっすぐに視線を寄越す。
「ありがとうございます。胆に命じます」
無言で圭を見ていた安齋。
うっすら笑みを見せる。
「お前もいい男に成長したじゃないか。最初はどうなるかと思っていたがな」
彼の笑顔なんて、初めて見たかも知れない。
なんだか狐につままれたみたいだ。
でも。
「でも、安齋さん」
「ん?」
「安齋さんだって、気分が悪いときは吉田さんに八つ当たりしているじゃないですか」
人に言える義理か?
そこが気になる。
彼は不敵な笑みを浮かべる。
「おれはいいんだ。飴と鞭を使い分けているからな」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題なんだ」
安齋は愉快そうだ。
「おれがあいつを猫かわいがりしてみろ。1日も経たずに『頭でもおかしくなったのか?』だの言い出して、仕舞いには泣いて説教をしてくださいってお願いしてくるはずだ」
確かに。
圭は笑ってしまう。
目に浮かぶようだ。
あまりにも優しい安齋に、吉田はおろおろして、なにかあったのではないかと心配して。
最後には土下座をして「叱ってください」と言うのだろう。
SMプレーじゃないのか?
なんだって今日はそんな人とばっかり出会うものだ。
「入るのか?入らないのか?」
安齋は余計な時間を食ったとばかりに、迷惑そうに顔をしかめる。
「あ、おれは帰ります。蒼にはおれが来ていたことは内緒にしてください」
「誰が言うか」
ふんっと踵を返し、彼はさっさと星音堂の中に入って行った。
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