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86.二人の時間3
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夕方。
姿を現したのは、昨年ボイストレーニングでお世話になった先生、南だった。
「みさなん、ごきげんよう」
彼女は相変わらずパワフル。
マダムのような様相を見て、去年の辛さを思い出す職員たち。
「お話は聞きました。キャスティングのことで揉めているようですね。それでは、新しく入った君の声を聞かせてもらおうかしら?」
否応なしに三浦を連れて事務室を後にする先生。
残された職員は顔を見合わせた。
「どうなることやら……」
それから、正味1時間後。
三浦は疲労困憊で戻ってきた。
「お、鬼っす……」
「お前、そんなの序の口だからな」
ぼそっと呟く尾形は、去年一番苦労した口だ。
蒼は苦笑してしまう。
少し遅れて戻ってきた先生は水野谷に目配せをしてからみんなを見た。
「検討の結果のキャスティングを発表します」
「もうですか?」
吉田の言葉に答えるのは水野谷。
「今年は時間もそうそうないからな。みんなの希望通り、キャスティングをして、そのパートを覚えてもらうことにした」
先生、お願いします、と話を促す。
先生は大きく頷いて発表を行った。
「では発表します」
緊張の一瞬だ。
まさか、今日の今日に発表されるなんて思ってもみなかったので、心構えが出来ていない。
ドキドキした。
「ねずみが吉田くん」
「やっぱりぃ~!」
ねずみかよぉ~!と吉田は頭を抱える。
ステージに立つ自分が目に浮かぶようだ。
どうせ、ねずみの着ぐるみでも着せられるのだろう。
だが、星野からしたら羨ましいキャストである。
だって、今年は顔出し。
と言うことは。
女性の役にされたら、ドレスとか化粧とかされるわけで……。
考えただけでもおぞましい。
客が気色悪がって帰ってしまうのではないかと心配だ。
予想では意地悪姉妹か母親の役である。
なんだか変な冷や汗が背中を流れていた。
「魔法使いは尾形くん」
「ま、魔法使い……」
「太っているからちょうどいいな」
高田の言葉に尾形は怒っている。
そんなことはお構いなしで、先生は発表を続けた。
「意地悪姉妹は三浦くんと高田くん」
「へ?」
「おれ?」
ここで三浦が登場とは。
意外だった。
おれは?
星野は首を傾げる。
意地悪母さんか?
「意地悪なお母様役は水野谷課長」
あれれ?
自分は?
なんだか焦ってきた。
肩透かしを食らった感じだ。
「王子様の執事は氏家くん」
じゃ、じゃあ……?
先生はにんまり笑って星野を見た。
「シンデレラは蒼ちゃんで、王子様は星野くんね。以上」
「ええ!!」
「えええええ!!!!」
蒼と星野は顔を見合わせて声を上げる。
「ど、ど、どうしてですか?」
「なんでおれが、王子なんて」
「だって声がそうなんだもの」
意味が分からない。
「高音部担当は吉田くんだからねずみでしょう。こうしてみると、意地悪系のお姉様、お母様は結構低めなの。だから三浦くんと高田くんと課長さんでしょう。後は男性だし。低音なんだけど、王子様って言うのは男性の中でも高音域なの。だから星野くんがちょうどだわ」
「じゃ、じゃあ、おれは?」
尾形は納得が出来ない様子で声を上げる。
先生は少し困った顔をしていたけど、すぐに笑う。
「ごめん。キミだけ体型で選ばせてもらったわ」
「ひどッ!」
事務室内は爆笑だ。
「確かに」
「尾形さん以外の人が魔法使いをやっても貫禄がないですからね」
高田と吉田の同意に、尾形は更に怒り出す。
「ヒドイ!ここの職員はヒドイやつばっかりだ」
「今に始まったことじゃないだろうが」
星野の突っ込みに黙る尾形。
その通りだと思っているのだろう。
そんな騒ぎを他所に、先生は満面の笑みを浮かべる。
「それでは。さっそく明日から練習を始めますから。みなさん、楽譜をよ~く読んでくること。では失礼しますね」
よく読めといわれても。
蒼にはちっとも分からない。
なんだか気が重くなってきた。
しかし、それは他の職員も同様である。
水野谷を初め、みんな暗い顔をしていた。
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