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88.乱入者登場3
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「本当にすみませんね。有田くん」
水野谷は手を合わせて頭を下げる。
彼は苦笑していた。
「止めてください。水野谷課長」
「しかし、キミには本当に面倒ばかりで」
数日前から、彼は謝り通しだった。
謝るのは慣れたものだ。
手のかかる部下がいると、上司は謝るのが仕事みたいなものだから。
「気にしないでください。元凶はあの人なんですから」
そう言って、彼はソファに持たれて転寝をしている圭一郎を見つめる。
「のんきなものです。勝手に仕事を取ってくるのは十八番ですから。もう慣れっこですよ」
「申し訳ないね」
「気にしないで下さい。本当に不可能な仕事だったらお断りしますから。今回は、ちょうどアジア公演に重なっていたのでよかったです」
スケジュール帳をぱたんっと閉じて、有田は圭一郎を見る。
「本当は嬉しいんですよ。地元から求められるが」
「そんなものかな?」
「そうですよ。マエストロは地元を離れて長いですが、郷土愛とでも言うんですか?昔のことがベースにあるみたいで、ここが大好きみたいですよ」
「そうですか」
水野谷は長年ここにいるので、あまりそういう感覚って分からない。
圭一郎はある意味、旅人みたいなものだろう。
世界各国を歩き回って、家があっても腰を据えて生活をすると言うことがないのだから。
そういう旅人は帰るところを特に大切にしているのかも知れない。
時折、ふかぶかと首を振りすぎて、がっくりしている彼。
こうして見ると、名だたる名指揮者には到底見えない。
「今回は明星交響楽団で構いませんか?」
ふと有田の声に水野谷は顔を上げる。
「え?」
「オケですよ。こちらに任せていただけると聞いていましたが」
「え!いいんですか?」
「いいもなにも。時間もないですから。今、一緒に回っている明星だと助かる。同じメニューでも構いませんか?」
願ってもない!
ギャラはどうあれ、差し迫った状況で引き受けてくれるオケを探すのが骨折りなのだから。
「なにからなにまで……本当に申し訳ない」
水野谷は再び頭を下げる。
「ですから。本当に止めてください。我々はビジネスとして話し合いをしているんです。そう頭を下げられてしまうと、やりにくくて仕方がありませんよ」
有田はにっこり微笑む。
差し出された手には鈍い光を放つ指輪が光っている。
「あれ?有田さん。ご結婚を?」
「あ、これですか。ええ」
彼は嬉しそうに指輪を撫でる。
「こんな放蕩夫ですけど、それでもいいといってくれた人がいたものですから」
「それはなにより」
世界中を飛び回っている圭一郎のマネージャーである。
彼も同様な生活を送っているのだ。
こんなにいい男なのに。
結婚が遅れているのは頷けることだ。
しかし、そんな彼のことをわかってくれる女性がいたと言うことは嬉しいことでもある。
圭一郎を通して、彼ともまた、付き合いは長くなっていたのだから。
「めでたいですね」
「いやあ。なんだか気恥ずかしくて。でもマエストロが。離れているのだから、思いを繋いでおくためにもするようにと言うもので」
「いいことじゃないですか。家なんて、していてもしていなくても、気にも留められないくらいですからね」
「そんなものですかね?」
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