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90.復活!2
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蒼はそわそわしていた。
なんでって。
今日は圭が楽器を弾いてもいいかどうかの許可をもらう日だからだ。
許可が出ることは、彼の傷の状態を見ていれば分かることだ。
しかし、その後が問題。
ちゃんと弾けるようになるのだろうか?
蒼も心配だった。
圭にとったら、音楽は自分の半身だと言っていたことがある。
その音楽を失ってしまったら。
彼は半身を失ってしまうことになるのだ。
そんな彼を自分は支える自信がなかった。
それに、なにより。
辛い目に遭う圭を見るなんて、とても耐えられないことに思えたのだ。
パソコンを打つ手を止め、窓の外に視線を移す。
もう秋も通り越して、冬の気配である。
紅葉した葉は風に吹かれて飛ばされている。
蒼も思いを馳せる。
圭と出逢って1年半が過ぎた。
圭がそう思うように、蒼にとっても彼との出会いは人生を変えるものだった。
なんの変哲もない公務員の蒼。
独身で、友人もそんなにいない。
恋人なんて何年もいなかった。
アパートと職場の往復の生活。
なんの楽しみもない。
ささやかな楽しみは、職場の同僚である星野や吉田と夕飯を食べに行くことくらい。
そんな寂しい人生を変えてくれたのは圭だった。
彼と知り合ってからの蒼は、暗闇から明るい光の下に出てきたくらいの変化があった。
毎日が楽しい。
愛されていると言う喜び。
自分が必要とされる喜び。
人を大切に思える喜び。
色々な喜びを知った。
彼と出会っていなければ、そんなことを感じるなんて出来なかっただろうし。
彼もまた。
鬱々とした生活を送っていたに違いなかったのだ。
「おいおい。なに、にやにやしてんだよ?」
低い声が響いてはっとする。
視線を戻すと、ぎっくり腰から復帰したばかりの星野がこちらを見ていた。
「にやにやなんて」
「にやにやしてんじゃねーか」
そこで気付く。
どうやら、圭のことを考えていて自然に微笑していたらしい。
「にやにやってなんか嫌な表現じゃないですか。にこにこにしてくださいよ」
「どっちも同じようなもんだろう?」
「同じならにこにこにしてください」
「減らず口ばっかり」
星野は苦笑する。
星音堂事務室は落ち着いた静けさに包まれていた。
文化祭が終わり、ひと段落なのだろう。
今年度のイベントの大半は終了したことになる。
残っているのは、クリスマスとニューイヤーのイベント程度だ。
後は。
人事の件。
来年度の計画もそろそろ考えていかないと。
予算をとる兼ね合いで計画は早めに立てないといけないのだ。
予算を取るのもお役所の仕事の一つと言える。
予算関係の仕事をしているのは星野だ。
彼は、自分の仕事に行き詰ったので蒼に声をかけたらしかった。
「予算、ですか?」
「そうそう。そろそろな」
その内に、尾形が資料室からたくさんの書類を抱えてやってくる。
「星野さん。これでいいんですかー?」
「どれ。教えてやっから」
星野は苦笑して、尾形と応接セットのところに行く。
蒼は首を傾げた。
その疑問に答えたのは氏家だ。
「今年でおれが退職だから。みんな、業務内容が一つずつ繰り上がるからさ。今度、予算関係は尾形がやるようになるんだよ」
「あ、そっか」
そうだった。
自分は吉田の業務内容を引き継ぐ。
吉田は尾形のを。
みんな一つずつ繰り上がるのだ。
「そっか」
もう一度呟く。
「そう寂しい顔するなよ。一番しょげているのがおれなんだからさ」
氏家は笑う。
退職する本人が一番ショックだろう。
「まだまだあるんだし。この話題はよしません?」
吉田の言葉に「それもそうだ」と氏家は笑った。
「よし。今日はおれが弁当をおごってやろうか?」
「まじっすか!?」
向こうのほうで星野の指導を受けていた尾形が声を上げる。
「お前、星野の話、ちゃんと聞いておけよ」
氏家の突っ込みに、彼は照れる。
「いやあ。聞いていたんですよ。ただ、お弁当の話が耳に入ってきたもんですから」
「食べ物の話題になると地獄耳なんだから」
無視された星野も笑うしかない。
「課長がいないんだ。今日だけ特別だぞ」
氏家はそう言うと、受話器を手に取った。
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