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91.家族に病人がいるということ10
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自分の父親がいなくなるって言う現実を突きつけられた。
恐いと思った。
いつも目の前に立ち塞がって。
彼を目標をして音楽をやってきているのに。
その彼がいなくなってしまうのだ。
この世から。
そういった場面に直面し、圭は心底震えた。
足元が覚束なくなってしまったのだ。
いつまでも元気でいるとは限らない。
そうは思っているが……。
まだ早いと思った。
心の準備は出来ていない。
80とかになってよぼよぼになればそういう気持ちにもなるのだろうが。
第一線で走り抜けていた男だったから。
まだまだ学びたいことがたくさんあると言うのに。
いかに自分が彼に依存しているのか。
よく分かった。
自分はすごく認めているから。
彼を。
音楽家として。
父親として。
頼りにもしている。
いなくなっては困る。
真っ白い階段を上りながらそんなことを考える。
この世のどこを探しても一人しかいない。
自分と血の繋がっている男。
少し、息切れがして、手すりに掴まり立ち止まると、どこからともなく賑やかな声が響いてくる。
ため息が出た。
これが現実か。
これが自分の認めている男の成れの果てとも言うべきか……。
圭は階段を上りきって、そして目の前にある茶色い扉を開ける。
中は大騒ぎになっていた。
「水をよこせ!おれは喉が渇いたぞ!!」
ベッドの上で騒いでいるのは。
つい先日まで死んだように眠らされていた関口圭一郎。
それを取り押さえて四苦八苦しているのはかおりと有田だ。
側では携帯をいじりながら呆れた様子の朱里が座っていた。
「圭!おれの息子なら分かるだろう!?父親を殺す気か!」
「階段の途中まで響いてますけど」
マスコミの目もあるので、特別室でこっそり療養する予定だったのに。
これでは、病院のどこに圭一郎がいるのかすぐに分かってしまう。
有田も大変だ。
「いけません!まだ氷しか許可されていないんですから。無理されないでください」
「そうよ!圭ちゃん!無理に飲んだら余計に具合が悪くなってしまうのよ?」
「そんなこと言ったって……水を飲まずに生きられる種族があるのだろうか!?」
そんな大げさな。
圭は苦笑する。
圭一郎の辛さも分かる。
水が飲めないなんて、命の危機だ。
理論上は安全なのかも知れないが、身体は渇きを感知してシグナルを出しているに違いない。
「父さん。氷もらってきてやるから。大人しくしてなよ」
わー!と騒ぎになっていた圭一郎の動きがぴったり止まる。
「圭ちゃん?」
異変に気付いたかおりと有田は圭一郎の顔を覗き込んだ。
「今」
「へ?」
「今、圭が父さんって……」
「こんな時までそこかっ!?」
まさかの反応である。
圭は呆れた。
「いや!絶対に言った。圭、もう一度言ってごらん」
「はあ?なんでおれが……」
「圭!お父さんは圭に「父さん」って呼ばれると大人しくするんだから。呼んであげなさいよ」
かおりまで一生懸命に圭を説得しようとしている。
めんどくさい。
朱里も面白そうに圭を見ていた。
「呼んで上げなよ。お兄ちゃん」
「……」
「ほら。圭」
「……」
もういやになってしまう。
圭は赤面してから、咳払いをした。
「病気が治るまでだぞ」
「そうか!じゃあ一生病気でいよう」
「こら!」
圭に「父さん」と呼ばれた圭一郎は本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。
その様子を見ていた有田は苦笑する。
素直じゃない家族だ。
不器用だけど。
それでいて、案外、お互いのことを心配している家族。
ある意味羨ましい家族だと思う。
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