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92.家族で温泉旅行9
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「それにしても。圭一郎はやっと父親らしくなってきたな」
地元の地酒をあおりながら、栄一郎は圭一郎をじっと見詰める。
隣で話をしていたかおりと空も手を止めて栄一郎を見た。
「やっとって言葉はおかしいだろう?圭が生まれたときからおれは父親のつもりだが?」
「そうかな?」
真面目な顔の圭一郎を他所に、一同は苦笑する。
「確かに」
「年の功……なのかしらね?」
かおりと空にまで言われてしまって、彼は面白くない。
「おれはおれなりに父親としてやろうとしてはきたつもりだ。……だけど。圭がそう思ってくれていなかったと言うことは事実だろう。訂正しよう。やっと父親として少しは認めてもらえるかも知れない、そういうことだ」
圭一郎は両手を上げて、降参とばかりに肩を竦める。
「父親になろうと思ってなれる人はいないんだろうな。子どもは子どもなりにいろいろなことを考えている。おれたちが、なんとか父親であろうとしても、それを認めてくれるかどうかは子ども次第って訳だ」
「そうは言うが、おまえはいいだろう?陽介くんも、啓介くんもキミを父親だと頼っている様子がありありと分かる。蒼にしたって、血のつながりはないものの、キミを慕っているじゃないか」
「そう思うか?それだって、最近の話しだよね」
栄一郎は空を見る。
彼女も小さく頷いた。
「私もいけないんです。蒼には本当に苦労させて。愛情が必要な時期に自分はあの子の側にいられない状況を作ってしまって……。栄一郎さんは、そんな私の替わりをこなそうとしてくれていましたが、なかなか蒼に分かってもらえていたのか」
「空が大変な目に遭ってしまったことは熊谷家のせいだと思っていたからね。今でも心のどこかにあるその気持ち、彼は持て余しているんだと思うよ」
「人の気持ちって本当に揺れ動くし、複雑だものね」
かおりが話しを促す。
栄一郎は頷いてから、少し視線を遠くに送る。
「おれはおれなりに、空と蒼を大切にしてきたつもりだった。だけど、大学を卒業して近くに帰ってきたと言うのに。一緒に住んでくれないって分かったとき、はっとした。やっぱりなって。おれは認められていなかったのだなって。自分なりに蒼への気持ちを表現してきたつもりだったけど、フィルターのかかった目ではおれの気持ちなんか見てもらえてなかったのだって」
「それは押し付けだろう?」
圭一郎は「おれもだけど」と付け加える。
「それでいいのではないか?おれたちは、おれたちの気持ちしか分からん。いくらおれの遺伝子から成り立っているとは言え、圭は圭でしかありえない。おれではないのだ。人の気持ちとは、自分で発信するときと、相手に伝わったときではかなり違ったものになりがちだ。同じ気持ちを共有するほうが難しい。これは親子だけではない。夫婦でも、友人でも然りだ」
「圭一郎」
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