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92.家族で温泉旅行10
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「おれは、おれの気持ちを信じている。圭がどう思ってくれているかは別の問題だ。自分の伝え方が悪いとか、そんなものは関係ないぞ。自分の気持ちがどうかって言うことが問題なのだ」
「……確かにそうだな。そうなのだな」
栄一郎は杯を見詰め呟く。
「おれは、空も蒼も大切にしてきたつもりだ。それだけは、他の誰になんと言われようと譲れない」
「それでいいではないか」
圭一郎は栄一郎の肩を叩く。
「それでいいのだ。自分の生き様を息子たちに見てもらおうではないか。それを見て、感じ取ってくれるのもよし、反面教師になるのもよし。それを決めるのは我が息子たちなのだから」
「そうだな。本当にその通りだ。自分の気持ちを口で説明するほど大そうなものでもないな」
「口で言っても分からないものは分からんよ」
「だからお前は音楽なのだろう?」
「その通り!」
圭一郎は大きな声で笑う。
「音楽は素晴らしいのだ。口で言っても分からない、からだで表現してもずれてしまう心の動き、気持ちが伝わる。一緒に演奏をすると、一つになれる。相手の心の内が手に取るように分かるのだ」
「羨ましいな。お前たち家族には気持ちを伝えるツールがあるのだな」
「でも、便利なものがあるから、余計に気持ちを通じさせようとする努力を怠り勝ちなのよ」
かおりが口を挟む。
「そういう伝達手段があるなら、最初からそれを活用すればいいのに。圭ちゃんも不器用だから。子どもたちとの競演なんてやっと最近ですもの。競演すれば、圭も圭ちゃんのことをよく分かってくれるから。こうして、父親として少しは認められ始めているけど。ここまでくるのに一体、どれほどの時間がかかったと思っているのかしら」
「男の人って不器用すぎてみてられないわね」
女子二人は顔を見合わせて苦笑する。
「男はそういう生き物なのだから。見守ってくれよ」
圭一郎の言葉に、かおりは呆れた顔をする。
「それを自分たちで言っているようでは救いようがないわよ」
「女性には頭が上がらないな」
「あら、本当にそう思っていますの?」
空の突っ込みに、栄一郎も苦笑する。
長く歩んできたからこそ話せる本音。
若い頃は、こんな話し、プライドが邪魔をして話すことができなかったな。
栄一郎は思う。
圭一郎と言う男の前に出ると、世の中のシガラミなんかなんのそのって気がする。
自由なのだろう。
こういう自由さが、至高の音楽を生み出すのだ。
世の中の宝だ。
大切に生きてもらわなければ。
「無理するなよ。圭一郎」
手術をしたばかりでお酒は禁止されているはずなのに。
おいしそうに日本酒を頬張る彼を見て、栄一郎は表情を和らげる。
「心得ている。あんがいしぶといぞ?おれみたいな輩は」
「そうかしら?私は圭ちゃんってころっとあの世に行ってしまいそうな気がするわ」
かおりは言う。
「いやいや。まだまだ。圭に伝えたいことは山ほどある。おれが、この人生で得たものを圭に伝えずにいたら、死ぬに死ねないよ。父親として、同じ音楽家として是非、彼には継いでもらいたいことがたくさんあるのだから」
「そうだな。そうなのだ。おれもそうかも知れない。蒼に、まだまだ伝えたいことがある」
家族の大切さ。
生きていくための知恵。
知っていて欲しいことはたくさんある。
伝えて行こう。
それが自分たちの使命である。
そう思えることが出来た。
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