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93.陰り2
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事件はそれから一週間後に起こった。
星音堂に勤務するようになってから、三浦のクラシック熱は激しい。
休憩時間になると、彼は携帯を見ている。
なにを見ているのかと言うと、クラシック界のツイッターのようだ。
ここでは、プロの演奏家なんかも発言するので音楽ファンは見逃せない場所だ。
その三浦は事件の発端を見つけた。
「大変ですよ!大変だ!!」
お昼休みでうとうとしている職員もいる事務室はまったりしていたので、三浦の声はひときわ響いた。
「なんだよー」
「うるさいなあ」
眠くなっていた吉田なんかは迷惑そうに三浦を見ている。
しかし、彼はお構いなしだ。
それどころではないのだから!
三浦は立ち上がって一気にまくし立てる。
「星音堂がピンチなんっすよ!!」
「ピンチ?」
「なんだって?」
テレビを見ていた氏家たちもよってくる。
パソコンと睨めっこしていた蒼も手を止めた。
「この前、星音堂にいちゃもんつけてきたあの金子って指揮者が、ツイッターで星音堂の悪口を書いてるっす!!」
「それがどうしたよ?」
「そうだ、そうだ。そのツイ……とかなんとかって、なんだ!」
ツイッターの意味が分からない高田は逆ギレだ。
「ツイッターって言うんもは、……もうめんどくさい」
吉田は口を挟む。
「ネットで気軽に一言を呟く場所ですよ。結構、芸能人とか、政治家なんかが利用して。身近に感じられるって世間一般の人には好評です」
「へー……、そんなのがあるんだ」
「知らなかった」
高田と氏家は妙に納得しているが、そういうレベルの話しではないのだ。
「そういう問題じゃないっす!!」
三浦は大きな声を出す。
「じゃあ、どういう意味だ」
「ツイッターはどれくらいの人が見ているか本当に分からないっす。特に、クラシックに興味のある人にとったら、新進気鋭の新人、大注目の、この金子って人の発言を読んでいるっす」
「その一人がお前だろう」
星野の突っ込みに「そうですけど……」と三浦は照れる。
「ってことはだ。ある程度の音楽通なら、この金子の発言は目にするってことだよな?」
「そういうことっす」
星野のまとめは端的だ。
蒼は背筋が凍る思いだ。
自分のせいで。
星音堂がピンチ。
今、大注目の新人が非難した施設なんて、評判が悪くなってしまう。
風評被害にもなりかねない。
「どうするんだよ?」
尾形は不安そうだ。
「そういわれても……。発言はおれたちが撤回できるものではないっすよ」
「あんまり被害がないといいんだが……」
一同は蒼を見る。
「気にするなよ。お前のせいじゃないんだから」
星野はそう言う。
「そうそう。おれだったかも知れないし」
吉田も頷く。
しかし、そう言われても。
責任は感じてしまう。
自分がもう少し上手く対応できていたら……。
こんなことにはならなかったのに。
「まあまあ。そのツイ……なんとかの影響がどのくらいあるかどうかは分からないけど。一応、課長が会議からもどってきたら報告をして、経過を見てみようじゃないか」
氏家の言葉に一同は深く頷いた。
田舎の施設だし。
大丈夫であろう。
大丈夫だと思いたい。
一同は同じ思いだったに違いない。
しかし、それは甘い考えであった。
そこいらのセミプロのような人物の発言とはわけが違う。
三浦がその呟きを見た日の夕方。
星音堂の利用を断りたいと言う電話が入ったのを皮切りに、電話が相次いだ。
夕方遅く、水野谷が帰って来た頃には、地元のお得意さま演奏家以外の演奏会は全てキャンセルと言った状態に陥っていた。
「どういうことなんだ?」
水野谷は唖然としている。
電話対応をした職員も然りだ。
一同は言葉もなく、ただ黙って椅子に座っていた。
星音堂始まって以来の大事件だ。
こんなに施設利用がキャンセルになってしまうなんて。
信じられない光景に、一同はただ呆然とするばかりだった。
ともかく。
成す術もないとはこのことで。
蒼たちは、それぞれ黙って帰宅するしかなかった。
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